2022年7月29日
求める人物像の科学:データ分析をもとに人物像を定める方法(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2021年9月に「求める人物像の科学:データ分析をもとに人物像を定める方法」を株式会社人材研究所と共同で開催しました。
「求める人物像」を定める際、勘や経験ではなく、きちんとした根拠に基づいて分析を行っている企業はどれくらいあるでしょうか。本セミナーでは、採用実務に寄り添ったコンサルティングを強みとする人材研究所の安藤健氏と、ビジネスリサーチラボの伊達洋駆が、定量・定性的なデータ分析に基づいて人材像を定める方法について、対談形式で解説しました。
本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
登壇者
安藤 健 氏 株式会社人材研究所 シニアコンサルタント
青山学院大学教育人間科学部心理学科卒業。日本ビジネス心理学会 上級マスター。組織・人事に関わる人のためのオンラインコミュニティー『人事心理塾』代表。2016年に人事・採用支援などを手掛ける人材研究所へ入社し、2018年から現職。これまで数多くの組織・人事コンサルティングプロジェクトや大手企業での新卒・中途採用の外部面接業務に従事。著書に『人材マネジメント用語図鑑』(共著:ソシム)。その他『日経ビジネス電子版』にて人事・マネジメント系コラム「安藤健の人事解体論」を連載中。
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
どんなデータをどう収集すると良いか
安藤:
人材要件とは、自社において、どのような能力・性格・思考や価値観を持っている人材を獲得すべきかを明確化したものです。
実は、人材要件を定める際、データ分析に基づいてきちんと定めている会社はそこまで多くありません。それは「どのようなデータをどのように分析すればいいのか」が分からないからではないでしょうか。
では、人材要件を策定する上で、どのように組織サーベイを使い、データを収集すれば良いのでしょうか。
伊達:
私は人材要件を「自社にとって良い人材の特徴のうち、採用時に求めるもの」と定義しています。何らかの良い状態というのがあり、その特徴の中でも、入社後に育てれば良いものもあれば、採用時に持っていないとだめというものあるということです。
良い状態を表す特徴はいくつか挙げることができます。例えば、a/b/c/dというように4つの特徴があった場合、それらは全部、採用時に持っていなければならないわけではありません。一部は入社後に獲得することもできます。例えば、cとdについては、入社後に獲得できるとします。とすれば、人材要件に当たるのは特徴aとbです。
やや抽象的なので、少し例を挙げて、説明したいと思います。例えば、「良い状態」というのを、「入社1年後にこの会社に残り続けたいという気持ちが高い状態」と定義します。
次のようなイメージで、「入社1年後に定着意思が高い人の特徴とは何だろうか」を色々考えていくことになります。
・ソーシャルスキル:「他者に対して働きかける能力が高い人の方が、やっていける」
・ヘルプシーキング:「周囲に対して助けを求めることができる人のほうが残りたいと思うだろう」
・商品知識:「商品のことをよく知っている方が良さそう」
・顧客対応力:「お客さんとうまく接する能力を持っている人の方がやめないと思う」 など
このうち「商品知識」と「顧客対応力」は、入社前から持っている必要はあまりないかもしれません。Off-JTやOJTなど、様々な機会で獲得していくことができるからです。一方で、入社後に「ソーシャルスキル」や「ヘルプシーキング」を高める機会がなかったとします。そうすると、採用時に持っておいた方がいい。このケースでは、「ソーシャルスキル」と「ヘルプシーキング」が人材要件に当たります。
ここでポイントになるのが、「良さ」を定めた上で、その特徴を挙げ、データを探していく必要があるということです。これが人材要件を作る上での基本的な考え方になります。
先ほどの例においては、1年後の定着意思の高さを表すデータを獲得する必要があります。入社1年後にアンケートを取る方法もあるでしょう。他にもその「良さ」を表すデータとして、どのようなものがあるかを考えることが重要です。とにかくデータをたくさん集めるより、まずは仮説を立ててデータを集めるほうが上手くいきます。
アンケートと同時にインタビューも実施する
安藤:
私自身もお客さんの人材要件を固める際には、その会社にとっての「良さ」を見つけるところから始めますが、「良さ」には、色々な考え方があると思っています。例えば1年後の定着意思の高さ、3年後の業績の高さなど、スコープをどこに置くか次第で、収集するデータも出てくる結果も異なりますし、その結果を解釈する方法も形も異なるでしょう。 したがって、何よりもまず自社にとって大切だと思うこと・ゴールを決めることが重要だです。
また先ほど挙げられた「ソーシャルスキル」「ヘルプシーキング」「商品知識」「顧客対応力」など、「本当にこれだけで良いのか」という観点も持つといいでしょう。例えば、アンケートを実施する際、こちらが用意していた項目だけでは、こちらの仮説にとどまります。アンケートの中に自由記述の質問を設置したり、インタビューを実施したりすることが有効です。
インタビューでは具体的な話が聞けるため、人材要件を策定するときにはもちろん、最終的にペルソナに落とし込むときにも有益なので、おすすめです。
伊達:
インタビューとアンケートがデータ収集の主要な方法ですね。良質な仮説が立てられる場合はアンケートが良く、仮説が立てにくい場合はインタビューが良いですね。
参加者より:
「探索型のインタビューを行う際のインタビュアーに必要なスキル、質問技法はなんでしょうか」
安藤:
フリーテーマの中から重要な情報を得ることが、探索型のインタビューだとした時に、必要なスキルとは、採用面接で求められる力と同じだと思います。特に、舞台装置をきちんと聞くことが重要です。
例えば、インタビューを受けた営業社員が「営業をする際には、こういう風に頑張って、こうしていれば良いよ」と答えた時に、「それは何人ぐらいでやるのですか?」「どの場面でどういう風にやっているのですか?」というのが舞台装置を聞くということです。
そこまで聞かなければ、粒感の大きな話で終わり、分析して出てくるものも荒くなりがちです。採用の面接官が普段トレーニングされることがきちんとできる方は、インタビューも上手ですね。
バイアスを考慮しながらインタビューを行う
伊達:
私からは、インタビューで陥りがちな罠を指摘します。インタビューにおいて、相手の話のどの部分を取り上げるのかはインタビュアーに委ねられています。実はそこに注意が必要です。
自分が元々抱いている、「ハイパフォーマーの人はきっとこうなのではないか」という思い込みに沿った質問をする傾向があるからです。こうした「確証バイアス」を抑制するためには、まず自分なりの仮説を可視化しておく必要があります。仮説を書いておき、同じような内容ばかり聞いていないかと確認しながら質問しましょう。
安藤:
人が人を見るのは、面接でも社員インタビューでも同じです。バイアスをできる限り自覚しようとする、すなわち、メタ認知を作用させると、インタビュースキルは高まるのではないかと思います。
参加者より:
「インタビューは、自社で活躍している人材に行うのでしょうか?」
「良さ」に沿ってインタビュー対象者を選ぶ
伊達:
この質問は大事な観点を含んでいます。インタビュー対象者を選ぶ際、結局、「良さ」を決める必要があるからです。「良い」状態に近い人に話を聞きに行くことになりますよね。逆に言えば、「良さ」を定めた上でインタビューを行わないと、誰を選べばいいのかわかりません。
安藤:
また、「インタビューする人自身への教育をどうすれば良いか」について質問をいただいています。私はここに関して、面接官トレーニングをおすすめします。
面接官トレーニングでは、人を見立てる上での様々なバイアス、実際に人に話を聞く際に深堀するポイント、妥当性の測り方などを学ぶことができます。トレーニングを受けた後は、インタビューの回数を重ねてスキルを高めていくのが良いと思います。
仮説に基づいて必要なデータを収集する
伊達:
インタビューに関するお話が続いたので、次は「どのようにデータを集めていくのか」についてお話しましょう。
例えば、仮説として、「人懐っこさ」「明るさ」などが良い人材の特徴として挙がったとします。そうした個人の性格についてのデータは、適性検査のデータを活用していくことが可能です。
さらに「属性」も特徴を構成します。例えば、地方出身の方が今の会社だと活躍できる、などです。属性のデータなら、社内で保管されている人事データを活用することができます。
安藤:
少し余談になりますが、最近タレントマネジメントシステムを導入している企業様が多く見られます。入社時の適性検査や組織サーベイの結果や人事考課・属性などの情報を一元管理できるので、すぐに分析に移れる点は良いなと思います。
伊達:
少し注意も必要です。人材要件を策定する文脈においては、データ分析をする前に、「良さ」を定義した方が良いと考えています。良さを定めて、特徴の仮説を考えた上で、有望なデータが存在するかをタレントマネジメントシステムで確認し、データとして利用するという流れがおすすめです。
安藤:
よくわかります。私は千葉県銚子市出身ですが、データだけで見ると、例えば、「千葉県銚子市に住んでいる人は1年後の定着率が高い」といった結果が出てしまうかもしれません。
データ分析は強力である一方で、何かしらの答えが出てしまうのですよね。そして、それが正解のように見えてしまう。皆がそこを盲信すると、誤りを起こしてしまいかねません。実際は、それ以外の有効な要因があるかもしれないのに、すぐに結論付けてしまうのは、早急な判断です。
収集したデータをどのように分析するべきか?
安藤:
次は「収集したデータをどのように分析するべきか」という点です。
仮説を持って統計分析で検証する
伊達:
「良さ」をベースに特徴を検討することの重要性をお伝えしました。基本的に分析においては、そこで構築した仮説を検証していくことになります。
例えば、「重回帰分析」を用いて、「良さ」に対して、それぞれの特徴が統計的に有意な影響を与えているのか、さらには、どの特徴の影響が強いのかなどが見えてきます[1]。
他の分析方法もあります。まずは、「良さ」が低いグループと高いグループに分けます。先ほどの例を引き継げば、1年後の定着意思が高い人と低い人のグループに分割します。そして、それぞれの特徴について平均値の差を比べていきます。
これは「t検定」と呼ばれる分析方法です[2]。シンプルな分析ですが、グラフを眺めるだけでは分からないところまで踏み込んで理解できます。判断を誤る可能性を少しでも下げられるので、ぜひ活用してみください。
このように分析手法は大事ですが、やはり大前提として良い仮説が立てられていなければなりません。そのことは、何度強調しても強調しすぎることはないでしょう。
安藤:
「イシューから始めよ」ではないですが、定量的にデータを扱う時には、どのような角度や手法でも分析できてしまうため、迷子になってしまいがちです。仮説がなければ、膨大な時間がかかります。
分析後に結果について説明してみる
伊達:
データとデータについては相当な数の組み合わせが考えられます。全て分析すると、きりがなくなります。忙しい中で、効率的かつ効果的に分析をしていく意味でも、仮説を定めることが重要ですね。仮説が定まっていないと、分析方法を考えるのも大変です。
もう一つ重要な点があります。重回帰分析を行い、「特徴a」が「良さ」に影響を与えていることが分かったとしましょう。その時点で、1歩立ち止まっていただき、その「特徴a」と「良さ」はどういう論理でつながっているのかを考えていただきたいのです。
例えば、「商品知識を持っている」が「1年後の定着意思の高さ」に関連しているという分析結果が得られた場合、「商品知識を持っていると、なぜ1年後に定着しやすいのか。商品知識を持ってないとお客さんにうまく振る舞えず、落ち込んでしまって、定着意思が低くなっているのではないか」と、理由やメカニズムを言葉で説明してみましょう。
ここの説明が成立しない場合、分析結果を批判的に吟味する必要があります。今回のデータから偶然算出された結果かもしれないからです。分析結果の確からしさを少しでも高めるために、2つの間の関係性について説明するのが有効です。
参加者より:
「インタビューの対象者は正解を知っているのでしょうか、またアンケートの対象者は正解を知っているのでしょうか?」
安藤:
プロはなぜプロなのかを言語化できないことがあります。そういう意味では、インタビューの対象者が正解を知らないことも往々にしてあるといえます。だからこそ、インタビューでは、その人が普段取っている行動を事実ベースで聞くことが重要です。
プロは無意識に手を動かしているかもしれません。言っていることと実際にやっていることが違うこともあると思います。そのため、私はインタビューの際、彼らの思いや意見を聞くのではなく、実際の行動を尋ねるようにしています。
伊達:
アンケートにおいても、個人に正解を直接尋ねることはありません。良さと特徴はばらばらに測定します。その上で、分析によって関連性を推定します。良さと特徴がつながっているかを知るために分析を行うのです。良さと特徴がつながっているかを直接尋ねるわけではありません。
参加者より:
「新規事業で会社の形も変わりつつある中で、人材要件も変わっていくのではないかと思います。その時はどのように分析するのでしょうか?」
経験知だけではなく学術研究も踏まえて仮説を考える
安藤:
今、自社にいる人材から分析できないのであれば、方法は2つあります。1つ目は、学術研究を参考にするものです。例えば、新規事業でイノベーションを起こすような人材がほしいとします。その場合、イノベーションを起こせる人の特性を明らかにした研究が参考になります。2つ目は、他社をベンチマークし、情報を得るというものです。
伊達:
仮説を立てるためには、知識が必要になります。同じ事業を継続している会社が、ハイパフォーマーの特徴に関する仮説を立てやすいのは、これまでの経験知があるからです。安藤さんが挙げた、学術研究の知見も知識ですし、他社のベンチマークも知識です。そのように、様々な知識を用いて仮説を立てましょう。
安藤:
定性的な分析についても質問をいただいています。例えば、15人にインタビューを行ったとします。そこで得られたデータをどう分析するのか、です。弊社が行っているのは、川喜田二郎さんが考案したKJ法です。
発言1つ1つに含まれている意味をラベリングしていきます。ラベリングが似ているものをグルーピングしていくと、インタビュー情報が集約されて一つのまとまりになります。
伊達:
テキストマイニングによって、インタビューの回答データを定量的に分析することも可能です。例えば、よく用いられる言葉を特定したり、言葉と言葉の間の関係性を分析したりできます。余裕があれば、KJ法とテキストマイニングをあわせて行い、比較すると、分析の深みが増すかもしれません。
安藤:
KJ法で膨大なデータを1つずつラベリング・グルーピングしていくことは、ある種、恣意的な側面もありますが、私があまりおすすめしないのは、分析者の役割分担をすることです。300行を50行ずつ6名で分けると、最後の整合を保つ人が必要になり、実務的にも大変です。それなら、時間をとって、一人で分析する方がいいかなと思います。
データを用いて「求める人物像」を定める際の注意点は?
「誤り」を減らすという発想を持つ
伊達:
人事の仕事は採用にかかわらず、働く人の職業人生に関わる判断を行うケースがあります。今回取り上げた人材要件もまた、「どういう人が良いのか」を決めるものです。採用の根幹に関わる方針を定めるわけであり、できる限り「誤り」の可能性を減らさなければなりません。「良い答えにたどり着く」という発想も大事ですが、「誤りを減らす」という発想がまずは必要ではないかと思います。
先ほど挙げたように、「特徴」と「良さ」の間に関係があるとしても、なぜ関係があるのかを説明することや、統計分析を行うことが、誤りを減らすための方法です。これらのことを実行しさえすれば、正解にたどり着けるほど甘くはありません。ただし、誤りの可能性は低くできます。
安藤:
私も統計分析について思うところがあります。やや専門的なお話になりますが、結果が「有意ではない」と出たときは「判断を保留した方が良い」ということなのです。「有意ではなかったから、関係ない」とすぐに結論をくださない方がいいと思います。
サンプルの選定を慎重に行う
安藤:
また、人材要件をより妥当なものにするためには、データを活用すべきだとは思うのですが、1つ注意点があります。収集したデータに偏りがあると、結果にも問題が生まれかねないということです。データ分析をして人材要件を決める時には、サンプルの選定にも時間をかけるべきです。
伊達:
さらに、誤りを避ける意味では、分析結果に反対意見を持っている人に耳を傾けるのも一策です。データ分析の結果を社内でフィードバックしますよね。その時に「私はそうは思わない」という反応されることありませんか。言われる方はしんどいのですが、そこで立ち止まって考えるため、誤りの可能性を減らすことができます。
(了)
[1] 回帰分析については弊社のコラム(人事のためのデータ分析入門:「回帰分析~要因を見出すための分析~」)を参考にしてください。
https://www.business-research-lab.com/211105-2/
[2] t検定の詳細は弊社のコラム(人事のためのデータ分析入門:「統計的に有意」とは何か)をご確認ください。