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コラム

オンボーディングの処方箋:効果的な新人育成のための行動科学(セミナーレポート)

コラムセミナー・研修

ビジネスリサーチラボは、2022年5月に「オンボーディングの処方箋:効果的な新人育成のための行動科学」を開催しました。

新人が会社に慣れるプロセスを「オンボーディング」と呼びます。中途入社も増える昨今、新人が、より早く会社に適応するために何が必要で、会社にできること、新人自身にできることは何でしょうか。

本コラムでは、オンボーディングに関わるエビデンスについて、ビジネスリサーチラボの伊達洋駆が紹介したうえで、株式会社出前館の清村遙子氏から実践例を紹介いただきました。

(※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです)

登壇者

清村 遙子 氏
株式会社出前館執行役員 シェアリングデリバリー本部本部長。2004年、通信ベンチャーに入社して、数多くの新規事業立ち上げに参加。2007年に日系総合コンサルティングファームに転職し、事業戦略や営業マーケティング関連のプロジェクトを手掛けた。2013年、リクルートに転職して住宅事業系部門で事業企画を担当。2018年から株式会社出前館で勤務。現在はシェアリングデリバリー本部本部長として、配達品質向上への取り組みをけん引する。

伊達 洋駆
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役。神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。

 


講義編

伊達:

本日は「オンボーディング」というテーマのもと、新しく組織に入った人が、より早く会社に適応するために、会社や新人自身にできることは何だろうかを考えます。

ゲストに、株式会社出前館(以下、出前館)の清村さんにお越しいただいています。清村さんは、出前館の社員が急増する中で、採用や育成の実践を作られてきた方です。過去に対談したことがあるのですが、ぜひ皆さんにも清村さんのお話を聞いていただきたいと考え、お呼びしました。

まず私から講義編として、オンボーディングの難しさ、処方箋、副作用という3つのパートに分けてお話します。

オンボーディングの難しさ

オンボーディングの定義は、新しく会社にやってきた人がその環境に慣れるプロセス、さらには、そのための施策とか受け入れのことを指します。 

オンボーディングが注目されている理由について、新しく会社に入った、新卒中途を問わず「新人」は非常に学ぶべきものが多いために、放置されると、適応に苦しむことになります。そのため、会社からの適切な支援が必要です。

また、中途採用の新人が、いかに難しい状況にあるのかを考える上で、「中途のジレンマ」というものを紹介しましょう。

中途の新人は、成果を出さなければならないが、周囲と関係を構築できていない。この状態で成果を出すのは難しいが、周囲との関係構築には、一定の成果を出して認めてもらうことが必要になる。このように、中途採用のオンボーディングは特に難しい状況におかれています。

組織社会化からの処方箋

伊達:

オンボーディングは、会社になじむプロセスを意味していますが、学術的には「組織社会化」と呼びます。

組織社会化を巡っては、「順番」があることを明らかにした興味深い研究があります。

はじめに、周囲と仲良くなることが大事だと言われています。その後、仕事の方法に慣れて、最後に会社の価値観を自分のものにする、つまり内化するという流れをたどります。

会社から新人への支援で重要になのは、周囲と仲良くなるための支援です。いかに新人と既存社員の交流を促していくのかを考えましょう。

伊達:

また、これは特にテレワークで新人を受け入れている会社にとって大事な問題です。テレワークは、新人と周囲の交流が自然発生しにくいので、意図的に交流が生まれるように取り組んでいく必要があります。

例えば、ランチ会などご飯食べながら少し話をする、あるいは「○○についてはこの人に、××は別の人に聞いてください」など、教育係を役割分担し、別々の人と新人の間に交流が生まれるよう設計していくのもよいでしょう。

伊達:

他にも、企業側から新人に対する働きかけのことを、学術的には「社会化戦術」と呼ぶのですが、有効な社会化戦術の一つが、新人が社会化するまでの「計画を立てる」ことです。

例えば、入社後1カ月目はどんな経験するのか、それによって、2か月目にはどんな状態で、半年後はどうなっているのかなどと計画を立てます。その計画を新人にも共有しながら実行しましょう。

オンボーディングの計画が新人に示されていると、新人は「自分は先々こうなっていく」と理解でき、「今はこれぐらいでいいのか」と安心もできます。「これぐらいだったらできるかも」と自信が湧いて、行動にも表れやすい傾向があります。 

メンターを付けるという社会化戦術もあります。気軽に話ができる相手を新人に対して提供します。メンターを付けると相談相手ができるので、孤立した状態を防ぐことができます。

伊達:

ここまで、企業側から新人に対してできることをお話ししてきました。他方で、新人から周囲に働きかけることも、社会化を促す要因になります。 

新人から周囲に働きかけることを、「プロアクティブ行動」と呼びます。例えば、自ら情報を取りに行ったり、自分の働きぶりのフィードバックをもらいに行ったり、仕事内容を調整したり、周囲と仲良くなれるように自分から話しかけたりすることを含みます。プロアクティブ行動を取るとオンボーディングが早まります。

とはいえ、勝手の分からない会社でプロアクティブ行動をとるのは気が引けるものです。そこで、人事や職場のマネジャーは、新人に「プロアクティブ行動をうちの職場や会社では歓迎しています」と伝えていくとよいでしょう。すると、新人も「周囲に積極的に働きかけてもいいのか」「むしろ積極的に働きかけることが大事なのか」と気付けるわけです。

オンボーディングの副作用

伊達:

さて、ここまでは、新人が会社に早くなじんだほうがいいという話をしてきました。少し立ち止まってみましょう。組織になじむことは無条件に肯定できることでしょうか。

ここで、示唆深い研究を二つ紹介します。

一つ目は、職場のメンバーやクライアントの飲酒量が多いと、たとえ強制されていなくても、新人の飲酒量が多くなるという研究です。飲酒するという習慣が社会化を通じて新人に引き継がれているのです。

二つ目は、組織のメンバーが安全装置を付けずに働いている職場では、「安全装置を付けるな」と教育されなくても、新人は安全装置を付けない傾向があることを指摘した研究です。このように問題のある習慣も引き継がれる傾向が、オンボーディングには含まれています。

伊達:

こうした事態を防ぐためにも、新人を受け入れる際には、自社の仕事の進め方や、文化・価値観に問題がないかどうかを改めてチェックしていただきたいと思います。むしろチェックをする良いタイミングと言えるかもしれません。

チェック方法の1つに、新人へのヒアリングがあります。「会社に入ってみて、何か違和感を覚えたことはありませんか」を聞いてみるのです。新人の違和感を手がかりに、自社の習慣を確認する方法です。

これが難しい場合には、新人が違和感を覚えたことをノートに書いておいてもらい、タイミングを見て少しずつ習慣を変えていく、といったやり方も考えられます。

実践編

組織社会化のプランを立てる

伊達:

ここからは対談形式で、清村さんからお話をうかがいましょう。まずは、新人の適応というテーマについてです。

中途・新卒を問わず、新しく組織に入る人は適応に苦しみます。出前館では、新人がどのような課題に直面していますか。また、課題にどう対処していますか。

清村:

当社の経緯をお話しします。元々は配達リソースを持つ加盟店さんとエンドユーザーをマッチングするモデルでしたが、5年ほど前に、シェアリングデリバリーとして出前館が配達員を雇用・委託し、加盟店さんの商品を代わりにエンドユーザーへお届けするという事業モデルをはじめました。

配達員の方が増えるため、マネジメント担当者を昨年比で大きく増やすことになりました。多くの方を採用するだけでなく、入社後、短い期間で現場の責任者になってもらう必要がありました。

その際、退職者も少なからず出てしまいました。そこで、「どうして辞めてしまうのか」を調査したのですが、研修が不十分であることが分かりました。

例えば、調査では「何を、どれくらいのスピードで学ばなくてはいけないのかが分からず、戸惑った」という声が多く挙げられました。当時は、それぞれの現場のOJTに依存している状態でした。

そこで、伊達さんの講演にあったような「社会化プラン」を立案しました。具体的には、シェアリングデリバリー本部で数日にわたる研修を導入しました。

研修では、「本部として何を実現したいか」というビジョンを示した上で、マネジャーから「どのくらいのスピードで成長してほしいのか」を説明しました。同じ座学を受けてから、現場で教育をしてもらうことで、一貫した教育体制を作り上げようとしました。

伊達:

当時、新しく入った方は、どのぐらいの期間でマネジャーになっていたのでしょうか。

清村:

前職で店舗の運営経験がある方をメインに採用していましたが、デリバリーという業態上、飲食店と違い、目の前にいないスタッフを遠隔で教育・管理しなければなりません。そのような難しい要素もある中で、「2カ月で」とお話ししていました。

達成すべき水準を示す

伊達:

オンボーディングを巡る議論の中に、「不確実性削減理論」というものがあります。「不確実性」とは、自分がやるべきことの情報が足りていない状態を指します。不確実性はストレスになるため、それを下げるように人は行動します。

その意味で言えば、オンボーディングでやるべきことは新人の不確実性をいかに下げるかです。

例えば2カ月で店長になるとして、その事実を本人に伝える場合と伝えない場合では、不確実性が異なります。伝えた方が不確実性は下がります。すると少し安心でき、求められる行動にも取り組みやすくなるのだろうと思いました。

清村:

2カ月という期限を示すということに加えて、管理職テストというものを設け、「その期間にどこまでできれば良いか」を示しました。

2カ月という短期間で管理職テストをするため、「何をどこまでやると、どんなキャリアステップに挑めるのか」を見せて、それに向けた教育プログラムを作ることも重視しました。

伊達:

「ここまで到達しないとだめだ」と思う基準がバラバラでは品質に差が出ます。あるいは、無用に高い基準を推測して、「自分は全然できてない」と気落ちする恐れもありますね。

耳の痛いことも聞きに行く 

伊達:

新人の適応プロセスを描いたり、達成水準を示したりすることが重要だと、どのようにして気づいたのでしょうか。

清村:

スタッフが、どのようなコンディションなのかを聞いたことが大きかったです。例えば、月次で行うパルスサーベイで、新人の数値を意識していました。

結果が低い場合は「どうした?」とヒアリングしました。その際に、「どこまで学べばいいのか分からない」など、教育体制へのフラストレーションがあることを理解しました。

伊達:

「現場の方に聞く」というシンプルな方法に思えますが、それができない企業も少なくありません。例えば、「今の新人はこんな傾向がある」といった報告や、「こんな概念が良いらしい」といった流行を参考に、教育を提供するところもあります。 

新人がうまく適応できていない理由は、育成や採用を管轄する方にとって「耳の痛い話」だと思います。しかし、それを聞かないと次に生かせません。清村さんは耳の痛い話でも丁寧に耳を傾けていますよね。素晴らしいことだと感じました。

清村:

ありがとうございます。シェアリングデリバリー本部の中に採用と育成の両機能があることが活きているのかもしれません。

伊達:

採用担当者と育成担当者は、普段からコミュニケーションを取ってるのでしょうか。

清村:

そうですね。マネジャー同士も、オフィスのほぼ真横にいるような関係です。

新人の違和感を活かす

伊達:

では、次の対談テーマとして、新人が入ったことで、予期せぬ変化が起こったかどうかをお伺いしたいです。ここでいう予期せぬ変化には、予期せぬ良い変化と、予期せぬ悪い変化の2つがあり得ます。

清村:

事業については、新人に助けられながら大きくなってきたので、良い変化の方が大きかったと思います。特に、オペレーションや仕組み作りでは、前職の経験がダイレクトに生かせる事業フェーズだったので、新人が持ち込んでくれる知見がありがたかったですね。

また、新人の違和感は、進化の原石だと思っています。既存のメンバーだと、それが当たり前になっているため、違和感を覚えず、進化も起きにくいわけです。 

新人から「どうしてこうなっているのですか?」と質問を受けて学ぶことも多かったです。逆に「おかしいと思ったことはない?」と、ポジティブでもネガティブでもいいので聞いてみるというのは大事です。

伊達:

新人の違和感が現場でとどまると、ある職場は非常に良く改善されていく一方で、他はそうでもないといったことが起こります。そうしたことを防ぐために、何が工夫をしましたか。

清村:

実践していることは三つあります。一つはメンターを付ける事です。メンターは、直属ではなく「ナナメの関係」、評価に関わらず無邪気に話せる相手を付けています。

二つ目は、パルスサーベイです。その一環で、新人に対して人事がヒアリングしています。

三つ目は、新人に限らずですが、「吐き出し会」というフリーディスカッションを月次で行っています。互いに馬鹿にしたりせず、まずは疑問に思うことを言ってみようという会です。

伊達:

吐き出し会、興味深いですね。そのような会があれば、違和感の収集ができますし、仲も深まります。

QA

Q:新人に違和感を聞くのは、入社後どの程度の時期が良いか 

清村:

23週間、1カ月目、2カ月目の3回が適切だと考えています。違和感は23カ月で忘れてしまいます。なかには、入社1カ月目でも手遅れだったこともあります。最初の23週間でもいろいろな体験があるはずなので、1度聞いてみることが大事です。

Q:中途社員の学び直しの必要性や促し方は

清村:

必要な状況もあります。例えば、デリバリーの場合、目の前にスタッフがいないため関係を築きにくいのですが、店舗の責任者として実務をやっていた方が、今までと同じやり方をしようとして、周囲との関係がうまく築けず、運営が回っていないケースもありました。

伊達:

「今までとは違う」と気付くと、「どう違うのか」とか「今までの経験でどこが使えるのか」などと考える余地が生まれます。まずは「『違い』に気付く」ことが一歩になりますね。

Q:仲良くなるべき「周囲」とはどこまでか

清村:

部門を超えたほうが有効だと思います。例えば、今、自分たちが苦しんで行っていることが、やがて他の部門で感謝される要素があれば、「役立ってる」とやりがいを感じます。

伊達:

学術研究の中では、職場の社会化と組織の社会化は別だという議論があります。職場に慣れていくことと、会社に慣れていくことは完全に同じではないのです。

特にテレワークの場合、自分の職場の人とのコミュニケーションが中心になります。すると、職場の中では慣れてきたものの、実は会社全体にはあまり慣れていないという状態になりかねません。

職場しか社会化していないと、職場のメンバーが変わったり、本人が異動したりすると、ゼロからの再スタートになり、苦労します。職場の社会化から組織の社会化に進んでいくためにも、部門を超えた機会を作り出すのは大事です。

Q:オンボーディングで会社側・新人側ができることはなにか

清村:

まず、「交流しやすくする」ための施策として、ナレッジ会を設けています。もっと良くなると思う部分を提案するための場がナレッジ会です。

他にも、月次の表彰をやっています。「上位の人は何をしてるのだろうか」「自分と何が違うんだろうか」と興味を持つきっかけを作れます。そこから、「どうやっているのですか」とコミュニケーションが始まることもあります。

新人自身ができることについては、「周囲に積極的に働きかけること」だと思います。そのためには、「積極的に働きかけて欲しい」と企業側が伝え続けなければなりません。 

伊達:

「とりあえず集まる」のではなく、「交流+α」が生めるように場を作っている点が印象的です。

清村:

いずれの機会にも当てはまりますが、小さな成功体験を積んでもらうことが大事だという考えが、私にはあります。些細なことでもいいので取り組んだことを発表し、「すごいね!」と言ってもらうと自信につながりますよね。

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