2022年7月19日
採用学8周年記念セミナー:Researchers’ View(セミナーレポート)
採用学研究所は、2021年12月8日に「採用学8周年記念セミナー:Researchers’ View」を開催しました。
2021年は、採用学研究所の設立8周年です。それを記念し、研究所所長の伊達洋駆(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)、研究員の神谷俊(株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー)、客員研究員の杉浦二郎氏(株式会社モザイクワーク 代表取締役社長)、服部泰宏氏(神戸大学大学院経営学研究科 准教授)の4名が、それぞれの視点から2021年の活動を振り返りつつ、今後の展望についてディスカッションを行いました。
本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
登壇者
伊達洋駆:採用学研究所 所長(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。
神谷俊:採用学研究所 研究員(株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー)
法政大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、経営学修士。株式会社ビジネスリサーチラボにて調査・研究「アカデミックリサーチ」を推進する一方、多様な組織に在籍し、独自のキャリアを展開。自身では株式会社エスノグラファーを経営するほか、2020年4月からは、リモート環境における「職場」の在り方を研究する“Virtual Workplace Lab.(バーチャルワークプレイスラボ)”を設立。2021年『遊ばせる技術 チームの成果をワンランク上げる仕組み』を日経BP社より刊行。学術的な知見を基盤に「分断・分散」を前提に機能する組織社会の在り方を構想する。
杉浦二郎:採用学研究所 客員研究員(株式会社モザイクワーク 代表取締役社長)
2001年に三幸製菓株式会社へ入社。2015年9月まで人事責任者を務めた後、ヤフー在職中の2016年4月に株式会社モザイクワークを設立。「カフェテリア採用」「日本一短いES」「即、採用」等々を生み出し、TV、新聞、ビジネス誌等、多くの媒体に取り上げられる。また、地元新潟において、プロサッカークラブ「アルビレックス新潟」のキャリアサポートパートナーとなるなど、「地方」をテーマにしたキャリア・就職支援にも取り組んでいる。ラジオNIKKEI「シューカツHANGOUT!」レギュラーコメンテーター。
服部泰宏:採用学研究所 客員研究員(神戸大学大学院経営学研究科 准教授)
2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。滋賀大学経済学部専任講師、准教授、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授を経て現職。「組織と個人の関わりあい」をコアテーマに、人材の採用に関する研究,人事評価や社内の評判に関する研究,圧倒的な成果をあげるスター社員の採用・発見・育成と特別扱いに関する研究などに従事。著書に『採用学』(単著、新潮社)、『日本企業の採用革新』(共著、中央経済社)、『組織行動論の考え方,使い方』(単著、有斐閣)、『コロナショックと就労』(共著、ミネルヴァ)など。
杉浦:サッカー選手のキャリア
伊達:
2013年の秋頃、横浜のみなとみらいで、エントリーマネジメントの研究会を行ったが採用学の始まりです。研究会に参加していた新聞記者の方が、「採用学、始まる」という記事を書いてくださいました。そこから様々な問い合わせをいただくようになり、8年が経過しました。
採用学研究所では毎年1回、周年記念のセミナーを開催しています。8周年記念の今回は、研究員4人が、それぞれの研究員が現在、関心を持っているテーマについて発表していきます。
杉浦:
私のテーマは「地域におけるプロサッカークラブとキャリア」です。研究成果というよりも、これから取り組みたいことをメインにお話しします。
私の経営するモザイクワークは、アルビレックス新潟(プロサッカークラブ)のオフィシャルクラブパートナー、いわゆるスポンサーです。また、キャリアサポートパートナーとして提携しています。
キャリアサポートパートナーの目的は2つあります。1つ目は、選手およびクラブへのキャリアサポートです。2つ目は、サポーター、スポンサー企業へのキャリアサポートもやっていきたいと考えています。
(1)選手およびクラブへのキャリアサポート
サッカーJリーグは、J1の20チームをトップとして、J2が22チーム、J3が15チームあり、さらに地域リーグがあります。プロリーグ全体は57クラブで形成され、そこで昇格と降格があります。2021年12月現在、アルビレックス新潟はJ2にいます。
2020年開幕登録選手数は、J1・2・3合わせて約1,650名、平均年齢が25.72歳、平均引退年齢も25~26歳です。選手生命が長くはない、非常に厳しい環境の中で、サッカー選手はプロ生活を過ごさなければいけません(図1)。
図 1:2020年開幕登録選手数、平均年齢、平均引退年齢
2020年の新人選手数は、大卒が114名、高校生が31名、Jリーグのユース(プロクラブが運営する育成組織)からが58名、全203名でした。一方で、同規模の引退や入れ替わりが発生しているため、毎年かなりの人数がJリーガーになりつつも、ピッチを去っていくという激しい競争があります。
Jリーガーの平均年収を示したのが図2です。プロ契約はC契約からスタートし、一定時間の試合出場を経てB契約、A契約を結びます。選手生命が短い上に、平均年俸もばらつきがあり、J1は比較的高い年俸水準を誇っていますが、J2は約440万円です。
J3は特殊で、チームにプロ契約選手が3名以上在籍しているとJ3に登録ができるため、アマチュア選手が多いです。その中で、プロ契約を結んでいる選手の平均年俸が約300万円です。キャリアというよりも、とにかくJ1の選手になるため必死に頑張らないと食べていけない状況になっています。
さらに、シーズンが終わり契約満了の通知を受けた場合、合同トライアウトが行われ、来年の3月までに現役続行するかどうかが決まります。いわば転職活動です。次のキャリアに向け、非常に短い期間で次のキャリアを選択しなければなりません。
図 2:Jリーガーの平均年収(2020年)
2014年シーズンのデータ(図4)では、登録抹消(契約解除や引退)選手136名の多くは地域リーグに移っている一方、一般就職は約9%です。実際に選手に話を聞いても、民間就職できるイメージが無いようです。民間就職したくないというよりも、「できるイメージがなかった」「民間企業で働く感覚が分からない」ということもあり、結果として今までやってきたJリーグで就職し、活動しています。
図 3:登録抹消選手の進路(2014シーズン)
トップチーム以外にも、多くのJリーグチームはユースを持っています。子どもたちはスクールなどへ入り、ジュニアユースに上がり、ユースへ行き、トップチームに昇格します。
我々が取り組んでいきたいのは、U-18(16歳から18歳)の3年間でのキャリアサポートです。トップチームの選手にも、一般的な企業で行われるような選択型の研修を導入していきたいと考えています。
プロサッカー選手の練習時間はそこまで長くありません。たとえば、午後、夕方、オフの日を使いながら、企業へのインターンシップにも取り組んでいきたいと考えています。
(2)サポーター、スポンサー企業へのキャリアサポート
2つ目の「サポーターを意識したキャリアサポート」では、採用が大きなテーマです。
これからの採用では「コミュニティーリクルーティング」が重要と考えています。今までのマス型~少人数のイベント、ダイレクトリクルーティング、リファラルの次の段階として、「Webマーケティングを中心とした、常につながり続けるコミュニティーをどう形成していくか」ということです(図4)。
図 4:採用の変遷
我々は、地方では、「ワーク」と「ライフ」のバランスを取るよりも、融合することが「幸せに働く仕組みをつくる」ことであると考えました。地方のメリットは、「地域との繋がりを構築しやすいこと」です。新潟には、個人と地域をつなぐ大きなコンテンツとしてアルビレックス新潟があります。アルビレックス新潟を軸に、「ワーク」と「ライフ」の融合した新しい働き方や仕組みを構築できるのではないでしょうか。
アルビレックスのサポーターの中にある非常に強いメッセージとして、『アイシテルニイガタ』があります。この応援はスポンサー企業も同じです。スポンサー企業とサポーターが一緒になって応援することで、サポーターは月曜日から日曜日まで毎日幸せに働き、生活できるのではないかと仮説を立てました。
これまでは、月~金に一生懸命働いて「土日の試合に向けて頑張るぞ」となっていました。しかし、月~金はスポンサー企業に関わりクラブのことを考えて働き、土日は実際の試合に臨む。このような「ワーク」と「ライフ」の融合を進めています。
実際、アルビレックスのサポーターが持つ、スポンサーへの興味について調査が行われました。その結果、7割以上が「価格と品質が同じであれば、スポンサー企業の商品を選ぶ」、5割以上が「スポンサー企業の商品やサービスをしばしば購入する」と回答しています。このように「とにかく応援をしていきたい」気持ちが強いことが、アルビレックスサポーターの特徴です。
図 5:アルビレックス新潟のファンが持つスポンサーへの関心
さらに、アルビレックスのスポンサー企業で働くことへの興味についてSNSでアンケートを取ったところ、「興味がある」との回答が7割でした。直接のメッセージでも「ぜひそのようなイベントに参加したい、そのような会社に就職したい」などの要望も多くありました。
並行して、弊社では「アルビレックス新潟の熱烈なファンで、広報業務や企画業務を行う」学生インターンを募集しました。ある日の夜に私が採用SNSにアップしたところ、翌朝には10人近い学生から応募がありました。本人が関心を持ったり、家族が記事を見て本人に伝えたりしたそうです。
現在、弊社にはアルビレックスに関連したインターン生が3名在籍しています。その3名の話では、「インターンが楽しい」「一生懸命取り組んだ自分たちの仕事で、間接的にせよ貢献ができる」と、前向きに生き生きと取り組んでいるようです。今回はインターンですが、社員として入社すれば、より業務の幅も広がり、本人たちのモチベーションも変わってくるかもしれません。
2022年1月にはアルビレックス新潟にご協力いただき、サポーターとパートナー企業を繋ぐオンラインのマッチングイベント『アルビワーク』を開催予定です(図6、2022年3月に開催済み)。
図 6:アルビワーク
このような活動をしていると、選手も関心を持ってくれます。たとえば島田選手は、パートナー企業が採用で困っていることに対して「何か手助けができないか」と活動されています。また、我々がやろうとしていることにも「できることなら何でもやるので、どんどん言ってください」と積極的に参加してくださっています。
これからの採用の在り方のひとつが、コミュニティーリクルーティングです。会社と個人がつながるときの題材は、場所、もしくはその地域における、重要な、守らなければいけない何かかもしれません。今回我々は、この繋がりの軸としてアルビレックス新潟を持ってきました。このようなキーフックを我々がつくり続けることで、さらに地域に人が集まり、その人を採用するという枠組みができると考え、これからも活動していきたいと思っています。
伊達:リファラル採用の調査結果―従業員の紹介行動を促すものは何か
伊達:
私からは「リファラル採用を推進するには何が必要か」について、学術知見と大規模調査の結果から解説します。リファラル採用とは、「従業員が自分の知人・友人を会社に紹介する採用手法」です。海外では主要な採用手法のひとつですが、近年日本でも導入が進んでいます。
リファラル採用について、株式会社MyRefer(https://i-myrefer.jp/)さんと共同調査を行い、1,532名のデータを分析しました。この調査ではアンケートに加え、MyReferさんのログデータを合わせて解析しています。本日は調査結果から、興味深い3点についてご紹介します。
発見(1) 愛着のスパイラル
従業員が自分の知人・友人を紹介しないと、リファラル採用は成立しません。では、どうすれば紹介行動を取ってくれるのでしょうか。海外研究では、従業員の紹介行動を促す要因として「会社に対する愛着」が挙げられています。従業員は「愛着ある会社のためだったら、知人に自社のことを紹介しよう」と考えるのです。
これが日本でも当てはまるか本調査で検証したところ、当てはまっただけではなく、面白い発見がありました。
海外研究と同様に、まず「会社に愛着を感じている人ほど、知人を紹介しようという気持ちが強い」こと、かつ「紹介しようという気持ちが強い人は、実際に知人を紹介する傾向がある」ことが分かりました。さらに興味深いのは、「知人を紹介した人は、紹介することによって会社への愛着が高まる」ことも判明した点です(図7)。
図 7:愛着のスパイラル(1)
まず、愛着が高い人ほど知人を紹介します。会社のために尽力したいという気持ちを持っているからです。かつ、知人を紹介した人ほど愛着が高まります。紹介した人が実際に入社すると一緒に働けて嬉しくなり、いい会社だと一層思うようになるのです。すると、また愛着が高まるので知人を紹介します。このように、リファラル採用を起点に「愛着のスパイラル」が回ることが想定されます(図8)。
図 8:愛着のスパイラル(2)
リファラル採用を推進する際、企業としては「どのような従業員から声を掛ければよいか」と悩むことがあります。この調査結果から、「まず会社への愛着がある人に、知人への紹介を呼びかける」ことが効果的といえます。加えて、今は会社への愛着が今は高くない人も含め全体を底上げしつつ、知人の紹介を呼びかけていく。すると、実際に知人に自社を紹介してくれる可能性が高まります。
発見(2) 身近さの相乗効果
2つ目の発見は、「リファラル採用の身近さが紹介行動を促す」ことです。「リファラル採用で入社した人を見たことがある」「リファラル採用で入社した人と一緒に働いたことがある」従業員ほど、実際に紹介することが明らかになりました。さらに紹介するだけではなく、紹介した知人が入社する可能性も高まるのです(図9)。
図 9:身近さの相乗効果(1)
これには2つの理由が考えられます。1つ目は、リファラル採用で入社した人が身近にいると、紹介のハードルが下がるからです。その人が普通に働いているので、そうであれば自分も紹介してもいいかなという気持ちになります。2つ目の理由は、リファラル採用で入ってきた人がいるということは、リファラル採用を受け入れるための仕組み、環境が整っている可能性が高いからです(図10)。
従業員が知人を紹介すればするほど、リファラル採用は身近になります。職場の1人がリファラル採用で自分の知人を呼んでくると、周りにリファラル採用で入社した人が働くことになります。すると、メンバーも自分の知人を紹介しやすくなります。紹介しやすくなると、また新しいリファラル採用の人が入ってきます。すると、より身近になる…。このような相乗効果が発生していることが明らかになりました(図10)。
図 10:身近さの相乗効果(2)
このことを踏まえた実践的なアクションとしては、リファラル採用で入社した人がいる場合、その人のことをイントラなどで紹介すると良いでしょう。自分の部署にリファラル採用で入社した人がいなくても、会社のどこかにそのような人がいると分かると、心理的ハードルを下げられるからです
さらに、リファラル採用を推進する際には、上司が率先してまず1人でもよいので知人を紹介し、入社してもらう。すると「実際にリファラル採用で入る人がいる」と部下が知ることがで、リファラル採用を身近に感じて紹介しやすくなる、そして入社しやすくなるという相乗効果が生まれます。
発見(3) 紹介オンボーディング
学術研究によれば、リファラル採用は他の採用手法に比べ、入社後に離職しにくい、満足度が高い傾向があります。このようなことが起こる理由の1つが「紹介オンボ―ディング」、つまり「紹介した従業員が入社後の知人をフォローするから」だといわれています。
今回の調査では、「どのような従業員が、紹介して入社した知人をよりフォローするか」という問いを設定し、分析しました。その結果、知人をフォローする従業員の傾向が3つ明らかとなりました。
1つ目が「知人とのつながりが元々強い」こと、2つ目は「紹介した側である従業員の、主観的パフォーマンスが低い」こと、3つ目が「紹介した側の従業員が、中途採用である」ことです(図11)。
図 11:紹介オンボーディング
1つ目の「知人との繋がりが元々強い人の方が、入社後に知人をフォローする」ことについて。仲がいい人が入社したときの方が助けるというのは自然です。
2つ目の「紹介した側である従業員の主観的パフォーマンスが低いほど、入社後に知人をフォローする」ことについて。これは言い換えれば「主観パフォーマンスが高い人ほどフォローしない」ことになります。
この理由として、主観的なパフォーマンスが高い人は様々な仕事をやっており、忙しいことが考えられます。忙しいと、紹介した知人をフォローするための時間を確保することが難しい。その結果「フォローする時間がなくて、フォローできない」と考えられます。
3つ目の「紹介した側である従業員が中途採用だと、入社後に知人をフォローする」ことについて。転職された方であれば、転職後、新しい組織に適応することの難しさをよく理解しています。そのため、中途採用の従業員のほうが、紹介した知人をフォローする傾向があるのでしょう。
これらを踏まえた実践面でのポイントとして、つながりが強くない知人を紹介した場合、ハイパフォーマーが知人を紹介した場合、新卒採用で入社した従業員が知人を紹介した場合は、紹介した従業員から入社後のフォローがあまりされない可能性があります。そのため、特に会社としてフォローを強化する必要があります。
以上、リファラル採用の実証調査から得られた3つの知見をご紹介しました。今回紹介したのは調査レポートの中のごく一部です。リファラル採用について関心がある方、導入されている方、これから導入しようと考えていらっしゃる方は、ぜひレポート全編をご覧ください。
神谷:地元志向を醸成するネットワーク
神谷:
私からは『地元志向を醸成するネットワーク』というテーマでお話しします。2021年、地方学生へのリサーチを行いました。その中で、地元で働きたいという学生が一定数いることが明らかになりました。地元で働きたい学生たちが、どのようにその志向を持ったのかについて、調査結果をお見せしつつ、私が感じた問題意識をお話しします。
調査概要
コロナが一旦落ち着き、採用も復調し、オンライン採用も定着してきたため、地方に乗り出そうとする企業が増えてきています。特にIT系企業など人材不足に悩んでいる組織では「首都圏だけでは人材を獲得できない」ということで、地方市場にも注目するようになっています。
今回は、大手IT系企業X社のケースを紹介します。X社では何百人と採用していますが、首都圏だけでは予定人数を充足できません。そのため理系にこだわらず、文系採用や地方在住の学生に対するアプローチも考えています。
ただ、地方学生にアプローチをしても、関心が低かったり内定辞退が多かったりする。そこで、内定辞退者のアンケート調査などをやってみると、「地元で働きたい」という気持ちが強いため内定を決めてくれない、という背景がありました。
そこでX社から、「この地元志向とはどのようなものか」との相談がありました。地元就職を希望する学生のキャリア志向はどのように生まれたのか、というメカニズムを明らかにするための調査を実施しました。対象は、X社の指定した地方国公立の学生400名、男女比は男性4割・女性6割です。
結果(1) 6割の学生は地元で働きたい
まず、「地元(現住所または実家から通勤圏内)で働きたい」学生が、「非常にそう思う」と「少しそう思う」で合計6割を超えていました(図12)。
図 12:地元での就職意欲
結果(2) 地元就職を意識し始めた時期は遅め
また、働く場所について「いつから意識しましたか」と聞くと、地元で就職をしたい学生群では「就活開始前」「就活開始後」がそれぞれ4割超でした。就職活動が迫り自分の就職や仕事を意識してから、地元で働くというキャリアイメージを意識しはじめているようです(図13)。
一方、「都市部で働きたい」「地元を出ていきたい」学生は、高校生ぐらいから地元を出ていくことを考えはじめています。
図 13:地元志向が生まれた時期
結果(3) 地元で就職したい理由は「近いから」「知り合いがいるから」
「なぜ、そのエリアでの勤務を希望するか」については、地元志向の強い学生は「交通環境」「社会環境・生活経験」が約5割でした。一方、都市部で働きたい学生は「キャリア・やりがい」が約3割と最も多く、「産業・商業環境」「自律環境」なども割合が多いです(図14)。
図 14:そのエリアでの勤務を希望する理由
結果(4) 地元志向の学生は安定したキャリアを志向
キャリア志向として、地元志向の強い学生たちは、比較的安定志向で、穏やかな働き方をしたい傾向が強いことが見えてきました。一方、都市部で働きたい学生は、先述の通り「社会貢献につながる仕事をしたい」「優秀な人材が多く切磋琢磨できる環境で働きたい」といった志向の違いも見て取れます(図15)。
図 15:キャリア志向
結果(5) キャリア成熟度に大きな違い
注目したいところは、キャリア成熟度に関する傾向の違いです。キャリア成熟度とは、自分自身のキャリアをどれだけ意識・準備・計画しているか、つまり「キャリアに対する意識や感度がどれぐらい高いか」です。
地元志向の強い学生は、結婚や出産などライフ・キャリアに関する成熟度や、趣味やプライベートの活動に関する成熟度が高かった。仕事「以外」への関心が強い傾向です。一方、都市部で働きたい学生は、ビジネスキャリアに関する成熟度が高い傾向でした。(図16)。
図 16:キャリアの成熟度
結果(6) 地元志向の学生は家族・知人ネットワークから影響を受ける
このキャリア成熟度の違いはどこから生まれてくるのでしょうか。大きな特徴として見えてきたのが、ネットワークの違いです。
「キャリア観・キャリアイメージに影響を与えた人は誰ですか」などネットワークに関して質問をしたところ、地元志向が強い学生は、母親、地元の友人、父親の影響を受けていました。一方、都市部で働きたい学生は、ゼミ・研究室・部活の先輩など学校関係、企業の人事担当者やリクルーターの影響を受けています(図17)。
地元志向が強い学生は、特に母親の影響を受けています。一方、都市部で働きたい学生は、地元志向の学生よりも学校関係や企業関係からの影響が高い傾向です。ただし、学校も企業も点数的には低めなので、そもそも他者からの影響を受けていないと言えます。先述のキャリア成熟度の調査結果を思い出してください。都市部で働きたい学生は、ビジネスキャリアの自律性が高い傾向にありました。つまり、彼らは、他者の関与によって自分の進路を変えるようなタイプではないことが考えられます。主体的に就職活動を行い、自分のビジネスキャリアを自ら考えている傾向があるといえます。
図 17:自身のキャリア観に影響を与えた人
問題:地元志向の学生は主観的キャリアサクセスが低い
これらの結果からは、地元志向の強い学生たちが保守的に見えます。ただし、私自身は地元志向そのものをネガティブに否定する立場ではありません。それぞれの価値観にフィットするキャリアを選択し、その後の満足レベルなら高いのであれば、それは良い選択なのでは?とも思います。ただ、そうではないんですね。問題は、「地元志向が強い学生たちの主観的なキャリアサクセスが低い」ことです(図18)。
図 18:主観的キャリアサクセス
主観的なキャリアサクセスとは、自分自身の就活に対する納得感や達成感、満足感など、「自分のキャリアのプロセスに対する自己評価」を指します。
「私、就活頑張った」「納得いく就活ができた」と感じると、その後のキャリアで目標設定ができ、それに向かって努力し、客観的にも市場価値の高いキャリアを歩むことができるとされています。反対に、キャリアサクセスが低いと、その後の組織適応やパフォーマンスにも影響します。
他者の影響を強く受けて、就活を進めた地元志向の学生は、満足レベルが相対的に低い結果でした。労働市場の観点からみれば、学生と企業のマッチングが適切なプロセスや効果を生みだせていないという点で、課題であると言えるでしょう。また、彼らを採用した企業にとっても、彼らの入社後の適応やパフォーマンスの発揮が懸念されるために、この傾向は問題であると言えそうです。
多様なネットワークがキャリアを俯瞰する力をつくる
どうすれば良いのでしょうか。要因について検討していきましょう。
ネットワークに関する学術研究で、直接的に支援しすぎるような近い関係性があると、それに依存してしまうことが明らかとなっています。たとえば合同説明会に母親が来て資料を集めていく、特定のキャリアドバイザーにばかり相談してしまう、といった形で依存性が高まると、求職者(学生)の主体性が低下し、自分自身が満足いくキャリアを描けなくなる可能性が指摘されています。今回の調査結果で、地元志向の学生群に見られたのはそのような傾向でした。
一方、都市部で働きたい学生たちは、相談者の関与レベルがそれほど高くなく、多様な利害関係者とネットワークを結んで自律的に就活していたことになります。それはつまり、構造的空隙(くうげき)と呼ばれる、隙間のあるキャリア、隙間のあるネットワークです。
ネットワークの多様性が高くなるほど、ネットワークの間の隙間が大きくなります。このような隙間のあるネットワークは、価値の高い情報にアクセスしたり、様々な資源を獲得したり、自分自身のキャリアアップの機会をつかむことができたりといった有益な機会を手にしやすいとされています(図19)。
図 19:構造的空隙
このように考えると、ネットワークのあり方、就活の前段階における社会と学生たちの関わり方は、もう少し見直されても良いのではと感じます。学生が就活を始めようというとき、他者や近しい人が良かれと思い、関与し過ぎてしまうと、本人の主体的な意識は低下します。また情報収集範囲も非常に狭いにものになります。そのため、どのようなキャリアを進んだとしても、本人の満足レベルは低めになりやすく、フィット感も希薄になってしまいます。
このネットワーク構造は、地方の労働市場ではよく見られるものかもしれません。だからこそ、見直す必要があるでしょう。就活、採用、キャリアに絡む様々な利害関係者が、ネットワークの開放性・多様性を高めていくことが求められます。より幅広い情報を彼らに提供できるか、それが大切なのでしょう。
より高次の視座で、学生たちに情報を発信していくことが求められます。私たちはどうしても、自分たちのニーズに捉われ、それにフィットした動きを学生がとるように働きかけてしまうところがあります。
企業ならば、採用数の達成。大学ならば、就職率や公務員試験合格者数。自治体ならば、地元企業への就職率。人材ベンダーならば、契約・成約数などでしょう。もちろん、それらの目標を目指すことが「仕事」であるために致し方ない側面はあります。ただし、それだけに偏重して良いのでしょうか。
ぞれのプレーヤーが、個々のニーズのためだけに情報発信や活動を進めれば、学生が享受できる多様性も限定的なものになります。とくに地方では偏りやすいでしょう。自治体も、親も、大学も、みんなが「地元企業は良い」という。だから地元就職をする。それでは、やはりキャリアサクセスは達成されにくくなってしまいます。
それらから学生たちを解放していくためには、企業・家庭・学校などが、よりメタの視座で一人ひとりと向き合うことも重要です。
本人はどれくらいの情報を収集しているのか。これからの地方はどのようになっていくのか。これからの社会や時代はどう変化するのか。このような視座で関わり、自らのニーズや価値観だけで情報を提供しないことが求められます。さらには、自分とは違う考え方や志向をもった人に会いにいかせ、ネットワークの多様性を促してあげることも必要でしょう。
社会や労働市場の持続可能性を高めるために、就活生に関わる一人ひとりがより俯瞰した視座を持つことが求められています。
服部:面接官の実践知
服部:
私は「面接官の実践知」というテーマでお話しします。実践知とは、「特別なシチュエーションだけではなく、普段の私たちの日常的な、頻繁に起こり得る普段の生活において、問題解決するために使われる知識や知能」です(図21)。
たとえば自動車について、「赤信号だったらこうする」「左折するときには幅寄せする」といったことについて教習所の勉強で習うことだけでなく、「赤信号を認識したら、どんな風にグレーキをかけるか」「幅寄せするとき、具体的にどのくらい寄せるべきか(やりすぎると、安全を確保するための行為がかえって危険な行為となってしまう)」などが実践知です。こうした実践知は、採用面接にもあると考えられます。
図 21:実践知とは何か
私と伊達さんの先生が執筆した『実践知』という書籍では、ビジネス業界のマネジャーからバイオリニストまで、様々な分野にどのような実践知があるかを紹介しています。
たとえば、音楽の世界で一流になるためには10年間・1万時間が必要だ、などとよく言われますよね。また、北海道大学の松尾先生の研究で、セールスパーソンにも同様の法則が成り立つかもしれないというものがあります。
このように、どのくらいの経験を、どのようにしていけば、一人前、エキスパートになっていくのかという研究が様々に行われています。私は、「採用や面接の世界には、そのような実践知があるのか」を考えてみたいと思いました。
面接官には、適切に能力などを見極める方とそうでない方がいることが、肌感覚やデータ上から感じます。しかし、たとえば30分の面接を2万回やらないと1万時間には辿り着きません。それをどれだけの人がやっているのでしょうか。このように、面接官の実践知はそもそも存在するのか、本当にエキスパートのようなものが他の分野と同様言えるのか、言えるとしてそれは何なのかということが、私の関心の一つです。
面接における科学知
前提として、面接における、実践知ではない「科学知」とはどのようなものかということをまず押さえておきます。代表的な科学知として、「面接は将来の業績を高精度で予測すること」が判明しています。ですが、それは実際仕事をしてもらう「ワークサンプル」には敵いません。また、面接が構造化されている場合とされていない場合を比較すると、少し予測力に差ができます。
このようなことが、科学知になります。お気づきの方も多いと思いますが、「なるほど」と思う反面、これを知っただけではアクションにはつながりません。その意味で、科学知は非実践的な知識だと言えそうです。
また、面接を含めた採用ツールの良し悪しを考えていく際の基準として、「妥当性」「信頼性」「納得性」の3つを考えなければならないと言われています。例えば研究者が研究を行う際、自身が行う研究がこの3つを満たしていないと学位が取れません。同じことが面接・採用の世界でも言えます。
ツールの基準(1) 妥当性
妥当性とは、「測定したいこと・知りたいことが、そのツール・方法で本当に捉えられているか」という基準です。たとえば面接で評価を行い、S・A・B・CのS がついた人は素朴に考えれば「とても良い人」ということになるわけですが、本当にそうでしょうか。Sという評価によって捉えたものが、皆さんが知りたい能力、例えば入ってからのハイパフォーマーの条件に本当に合致したものでなければ、それは「良い人」を捉えたものとは言えません。これが測定の妥当性という問題です。それゆえ、まず妥当性の問題から採用を見直さなければならないのです。
ツールの基準(2) 信頼性
信頼性は、たとえば面接でS評価をし、その妥当性が高いとして、それは「安定しているかどうか」という基準です。たとえば実際に過去に行った調査で、朝・昼・夕方と1日中面接をするケースで、評価者による評価の散らばりがどのように変化するかを分析しました。結果、朝と夕方は散らばりが非常に大きく、昼は散らばりが非常に小さくなっていました。昼の評価は、無難な中点に集中したのです。
この理由として、朝は頭がフレッシュで集中力も高く、面接官は評価の高低を慎重に検討できたことが考えられます。夕方は「あと数人で終わる」などの考えから、同様の検討が行えたのでしょう。しかし昼は、思考が活性化されていないためか、散らばりが小さかった。たまたま昼に優秀ではない候補者が多かったとも考えにくいものです。
このように、面接を適切にデザインしないと信頼性が損なわれる危険性があります。体温計で体温を測ろうとして、同じ体温なのに、2・3度測るとそれぞれ違う体温が表示されるのは装置としてあり得ません。同様のことが面接でも発生しているかもしれないと考えることが、信頼性について検討する上で重要です。
ツールの基準(3) 納得性
納得性は、採用した人たちが「私は自信を持って優秀と言い切れる」かどうか。あるいは合格できなかった時、候補者が「これで落とされたなら仕方ない」と思えるかということです。
以上3つの基準について、学術研究の中で言われていることを示したのが図22です。エントリーシート、面接、適性検査の中には、それぞれ得意分野があることがわかります。
図 22:選抜ツール 基準ごとの比較
面接評価に影響する要因
では、実際の面接評価には何が影響するのでしょうか。この点に関する学術研究の概念モデルが図23です。それぞれ完全に実証されているわけではありませんが、面接評価には様々な要因が影響することが分かっています。悪影響を及ぼす要因ばかりではないものの、本来見たいもの以外の要素も多く入るのです。
図 23:面接評定の影響要因 概念モデル
左側は、どのような人か・どのような経験してきたか・仕事遂行能力はありそうかなど、多くの会社が見たい要因です。右上の一般的対人スキルも、会社や職種によっては重要かもしれません。それ以外に、その他の要因と似て非なるものとして「面接そのもののスキル」があります。
テスト理論などの分野に、テストそのものの上手さを表す「テストワイズネス」という言葉があります。テストの点数が高いことは「能力が高い」こと、あるいは「テストワイズネスが高い」ことを示していると言えます。たとえば英語力に関する公的なテストは、ある程度までは受ければ受けるほど点数が上がります。それはテストに慣れていくからであり、英語力が上がったことを示してはいません。同様の現象が、面接でも発生しうると考えられます。
また、面接官には様々な評価バイアスがあり、面接官側の事情が入り込む可能性があるとされています。それらをまとめたのが図24・25です。
図 24:面接官の評価バイアス(1)
図 25:面接官の評価バイアス(2)
面接官の実践知プロジェクト
面接には様々な科学知があると分かりました。では、面接のエキスパートたちは、実際何を考え、どう評価しているか。あるいは、その人たちの思考はどの程度合致しているか。このような現場での実践・考え方が私の関心です。一言で言えば「面接官の実践知を抽出する」ということになります。
実際のプロジェクトをご紹介します。DXや人工知能を用いた面接の解析を行う株式会社ZENKIGENさんと、共同でデータ分析を行っています。
やろうとしていることの1つとして、エキスパートを2つの条件で抽出しています。第1条件は、「一定の精度で好業績者・非離職者を選別できていること」です。この面接官のデータを用いることで、統計分析から帰納的にエキスパートを定義します。
第2条件は1万時間の法則、「場数を踏んでいる」ことで、面接代行業を営む方々です。この方々もエキスパートの可能性があります。
上記の条件で抽出したエキスパートが面接を行う様子を、非エキスパート、つまり普通の面接官に見てもらいます。見てもらう情報には2種類あります。
1つは「他の人が面接している動画」で、それを見て気づいたことを挙げてもらいます。もう1つは、「非エキスパート自身が面接をしている動画」です。自分の面接を録画して見てもらいます。なぜこの質問をしたか、この時は何を考えていたか。たとえば、なぜこの時に頭を掻いたのか、それは頭がかゆかっただけなのか、飽きたのか。そういったことを言語化してもらいます(図26)。頭の中に思い浮かんだことを声に出してもらうため、Think aloud法などと呼ばれることもあります。
図 26:リサーチのイメージ
この手法では、言語化できないもの、本人が自覚してないものは取り出せません。そこで、動作解析、アイ・トラッキングなど、映像の解析も合わせて行います。面接官が頭を掻いた後、気付かないうちに不満げな顔をした、などの部分も追跡しようとしています。
架空事例を使って、分析のイメージをご紹介します。まず、過去に面接を行った人と、その人が面接を行い入社した人の人事データ数年間分を、サンプルとして扱います。ここから「3年後の業績予測を正確に行った面接官」と「正確に行えなかった面接官」を割り出します。
図27は架空事例に基づく結果です。数十名の面接官のうち3名ぐらいは、3年後の業績予測をある程度正確にしていました。つまり、その面接官が好成績をつけた候補者は、入社後、営業成績を高く上げているということです。そのような面接官をエキスパートとして定義し、それ以外の方は普通の面接官と考えます。
図 27:人事データに基づくエキスパートの抽出例
加えて、面接の場数を踏んでいる、面接代行をしている方々もエキスパートの可能性があると考え、前述の面接動画を見てもらい、気づいたことを言語化してもらいます。たとえば図28にあるように、面接官の発言をネガティブに捉える場合もあれば、面接官の動作に対してポジティブに評価する場合もあります。
その後、普通の面接官と面接代行の方が、それぞれ何に注目したか・それをどう評価したかをカテゴリー分けし、集計します。その上で、何に注目する比率が高いのか、指摘の数自体がどれだけ違うかなどを分析します。
図 28:エキスパートの発話・集計例
プロジェクトから見えること
最後に、現時点の暫定的な結果を8つご紹介します。
1つ目は、エキスパートの面接官に共通することとして、「ある程度の仮説を形成している人が多い」ことです。エントリーシートや動画、面接の比較的初期の段階から、ある程度「この人はこういう人で、結構良さそう」などと仮説を作っていく。そして、実際に質問することで仮説を検証するというプロセスを経ていきます。
2つ目は、「仮説はステレオタイプ的なものではなく、かつその仮説は面接の最中に柔軟に変更されていく」こと。前述の仮説は、〇〇大学出身だから優秀といったような、属性に基づくステレオタイプではありません。また、実際の質問によって仮説を変更することもあれば、仮説を強固にしていくケースもあることが分かっています。
3つ目は、「個別性への注目・メタ視点、2つの視点を持っている」こと。たとえば、学生時代に力を入れたこと、ガクチカの掘り下げ時、エキスパートは「このガクチカの質問は、全体の中のどういう位置づけか」「ここでどのぐらい時間を使わなければいけないか」といった、メタな視点を持っていました。
そのような視点を持ちつつ質問をすることで、内容の浅い、ただコミュニケーションの量だけ多いガクチカの質問を永遠に繰り返すといったことに陥らなくなっていました。今後は、これがどのように獲得されているのかについて検討していきます。
4つ目は、「ディテールにこだわる」こと。たとえば「ガクチカで何をしているのか」「どんな役割を果たしているのか」だけに留まらず、候補者「友達に連絡した」と話した際に、「それはLINEですか、メールですか、直接話し掛けたのですか」といったディテールにこだわります。
5つ目は、3・4つ目の結果として「同じ情報を聞いても、そこから得る情報の数が多いこと」です。たとえば、ガクチカに関する質問から様々な情報を聞き出すことができていました。
6つ目は、ミラーリングや構造化などの「学問的知識をしっかり持っている」こと。エキスパートは、ミラーリングが必要、同じことを繰り返すことが信頼性を生む、と理解した上で実践しています。面接動画を見ながら、「この人、ミラーリング分かっているよね」と指摘していました。
7つ目は、「本題に入る前に関係構築を入念に行う」ことです。面接に入るまでのスタートの時間をとても大事にしています。面接動画に対する「この人、アイスブレーク甘くない?」などの指摘がありました。
8つ目は、「エモーショナルなやり取りを行っている」こと。ZENKIGENさんのテクノロジーによりエモーショナルな変動が収集でき、声の波長などから、個人のエモーションがどの程度喚起されているかがわかります。
エキスパートの面接官は、このエモーションの喚起を多く行っていました。一方、普通の面接官はエモーションが一定で、淡々としていました。「それいいね」などと言ったり、共感を示したりするといったエモーショナルなやりとりを、適切なタイミングで行っていました。
以上を含め、プロジェクト結果としてのエキスパート面接官の実践知について、2022年に書籍として出版する予定です。
登壇者のディスカッション、参加者からの質問
杉浦→神谷:以前の価値観が学生のキャリア観に影響を与えることの弊害
杉浦:
神谷さんにお聞きします。キャリア観は、企業の情勢や時代により変化するものだと思います。地元志向の強い学生のキャリア観や職業選択に、両親の影響が強くあるとすれば、一世代前の考え方や就職トレンドの影響もあるでしょうか。その場合、どのような弊害があるでしょうか。
神谷:
今回の調査で、地元志向の高い学生たちが志望していた業界は、市役所・病院・人材などです。インタビューでは、親から「安定しているから」「将来的にずっと働けるから」「転職活動しなくていいから」と言われた、という回答がありました。
特に人材に関しては、キャリアセンターの方の影響を強く受けているケースが多かったです。元人材ベンダーにいた方がキャリアセンターに入り、その方のアドバイスを聞いて人材に行くパターンですね。
そのリスクについて、学生本人の立場では、自分自身で主体的に情報収集してないため、いわゆるプロアクティブ行動を取っていません。そのため、入社してから「こんなはずじゃなかった」「全然安定してない」と、リアリティーショックを受け、組織への適応が遅れる可能性があるでしょう。
また、ファーストキャリアの市場価値が前時代的な形で形成されているため、いざ転職しようとなった時に選べる企業が少ない可能性があることも、リスクとしてあると思われます。
労働市場の観点のリスクとして、今回調査したのは国公立の大学の学生です。その学生たちが、ITやロボティックスなど国際競争力が求められる成長市場に行かず、病院や市役所に行ってしまうことは、悪いとは言わないまでも、成長市場に人材が流れないという意味で、社会のリスクが高まると思います。
地域という観点で見ても、情報がアップデートされない、外に人が出て行かないということは、外から情報が入ってこないことになります。外の情報と中の情報がかき回される中で、地域は様々な情報を吸収し発展していきます。そのコラボレーションが起こらないことは、地域としてもリスクがあるでしょう。
服部→伊達:パフォーマンスとは何か
服部:
伊達さんの発表で、「ハイパフォーマーは紹介して入社した人のフォローをする時間がない」とありました。この「パフォーマンス」とは何でしょうか。
伊達:
MyReferさんとの共同研究では、主観的パフォーマンスを測定しています。期待された役割をきちんと遂行しているかどうかであり、役割内のパフォーマンスですね。
他方で、同じ調査の中で、知人を紹介する紹介行動が「組織市民行動」と関係するという結果も得られています。組織市民行動は、困っている人を助けたりする行動などの役割外の行動です。
服部:
私が考えていたのは、評判の研究です。「会社に貢献する人はあなたの周りのどのような人ですか」「成果を上げている人はどのような人ですか」と聞き、それぞれ名前を挙げてもらう調査です。結果、それぞれの質問に対する回答は少し被る程度でした。紹介をすることを、会社へのどのような貢献として捉えるのか。そのような問題があるだろうというのが1つあります。
また、良い人は良い人を見抜けるのか、ということも気になります。この場合の「良い人」とは「成果的に良い人」であり、ハイパフォーマーはハイパフォーマーを見極めて紹介することが出来るか。そうであれば、明らかにハイパフォーマーからのリファラルを誘導することが重要でしょう。
逆に、仕事では高いパフォーマンスを上げていないが、会社に愛着さえあれば、また違う観点から良い人を連れてきてくださいとお願いすることになるかもしれません。面接官や採用者自身の能力を読み解くことは重要なテーマになりそうですよね。
伊達:
確かに、採用の世界で「優秀」という言葉は簡単に語られがちですが、その「優秀」を分解していくことができるかもしれません。採用において優秀ということと、業務において優秀ということなど。優秀さを分解していけると、実践的にも役に立つ議論になりそうです。
参加者→神谷:エスノグラファーとしての観察力の身につけ方
神谷:
エスノグラファーは参与観察の手法です。現地の人たちと一緒に過ごすことで、その振る舞いなどから、そのフィールドの文化やメカニズムを見出す調査アプローチです。この観察については、服部さんの実践知の話と関連します。面接官でいえば、熟練した面接官、若手の面接官と一緒に面接をやると、見えているポイントが全く異なります。
この「見えている」というのは、「物理的に視覚的に見えている」という意味ではなく、「認識的に見えている」という意味です。相手の行為に対して、様々な経験と知識が紐付き、「頭を掻く学生は、このような傾向があるに違いない。では、この仮説に基づいて、このような質問をしてみよう」ということです。
この「見える力」を増やすには、知識と経験量が重要です。目の前でビジョンとして見えている現象と、その現象がその後のどのような行為に紐付くのか、この因果関係のパターンが頭の中に多く存在すると、ちょっとした仕草に違和感があったり、ちょっとしたイレギュラーが発生したときに意味付けたりすることができるようになります。
私のエスノグラファーの師匠は、「見るというのは『name the world』」とよく言っていました。目の前の現象を意味付けていく力が必要です。フィールドワークとライブラリーワークの両方を積み重ねることによって、ひとつの現象に対する解像度が上がってくるのではないでしょうか。
伊達→服部:仮説を棄却することの難しさ
伊達:
物事を読み解いたり観察したりする際、背後にある知識は重要です。他方でとても難しいのは、「仮説が違っていた」と棄却すること。神谷さんがエスノグラファーとして優れている点として、仮説を棄却できることが挙げられるでしょう。服部さん、仮説の棄却に関する問題について、面接官の実践知の観点からいかがですか。
服部:
それは困難な点であり、おそらく本丸に近い部分でしょう。「自分の思っていたことと違う」と感じ、ドラスチックに評価を変える面接官は多くありません。「何となく、基本的な理解は間違ってないはず」と自分を守る傾向があるのです。基本的な理解は間違っていないが、部活に関してのイメージは間違っていた、と自分の仮説を守りつつ周辺的な部分を少し修正する程度です。
多くの方はここまではできますが、ごく一部の方がされているような、コア仮説の棄却は難しい。その人への理解が誤っていた、ESから間違った情報を読み取っていたと疑えるような、自己批判的になることは困難です。
この違いは、研究者の世界でもあります。自分が大事にしていた理論がデータとずれた際、それを部分的に改修し辻褄を合わせるタイプと、「見方が違っていた」と全く違うパースペクティブに切り替えられるタイプです。これはパーソナリティーレベル、先天的なものの可能性もあると思い始めています。
伊達→杉浦:最近の面接の課題
伊達:
社内や社外で様々な面接官を見られてきた杉浦さんは、最近の課題についてどうお感じですか。
杉浦:
弊社では、面接官代行・面接官トレーニングも行っています。最近の課題は、候補者をアトラクト(惹きつけ)できていないことです。アセスメントに関しては、研究知見を絡めながら、適性検査の利用や面接の構造化もできてきています。しかしアトラクトに関しては、弱い会社が多い気がします。
社内のハイパフォーマーとアトラクト能力に相関はありそうです。そうだとしたら、面接官ごとに役割を分けることが良いかもしれません。たとえば、2次面接ではハイパフォーマーが面接官としてアトラクトしつつ、1次面接ではアセスメント能力に長けた人をアサインする。2つの能力を1人にインストールすることは至難です。クライアント企業に対して「アトラクトに関しては、面接官を替えた方がいいかもしれない」と話したりします。
伊達:
アトラクトについて考える際、ワークエンゲージメントの研究が参考になるかもしれません。ワークエンゲージメントは、生き生き働いていることを指します。生き生き働いている人が近くにいると周囲も生き生き働けるというようになるという話があります。
面接においても、同じようなことが起こる可能性があります。たとえば、生き生きと楽しく働いている面接官に当たると、候補者も気分がいいですよね。この会社に入ったらいいことが起きそうと思うはずです。
服部→他3名:面接官の習熟に必要な経験・時間
服部:
神谷さんがおっしゃるように、ある程度は時間や経験が必要です。ただバイオリニストのように1万、2万時間取り組むことは、面接官には難しいとも思います。その状況がある中で、面接官としての習熟にはどの程度時間が必要でしょうか。あるいは時間ではなく「こういう視点があればいい」などお聞きしたいです。
神谷:
私はコンサルティングで選考プロセスの分析をやっていました。企業が導入している適性テストの合格者・不合格者を分析し、それが採用要件として提示しているコンピテンシーにマッチしているかを分析するものです。
その経験から、「そもそも採用要件が定まっているか」がポイントの1つだと思います。多くの企業で、漠然とした採用要件になっていたり、定義に具体性がなかったりするケースがあります。すると、いくら蓄積してもスクリーニングの能力は上がりにくいでしょう。
採用要件が明確に定まっていると、5年目の面接官で、その採用要件にある程度フィットさせ、コンピテンシーの合否を出せるケースがありました。年数より、学生と接触した人数などが重要と思います。その方にインタビューしたところ、自分の中である程度タイプ分けができ、学生についての仮説を作り、適性テストの結果やエントリーシートを見て、多様なデータを統合してスクリーニングの物差しを作っているとのことでした。
杉浦:
定義が明確ではない会社は多いです。「定まっている」と言いつつ、「主体性」「コミュニケーション能力」などかなり抽象度が高いものです。その要件はどのようなものなのかが分からない。また、それをどのように測るのか、指標が決まってない、質問項目が決まっていないことがあります。
アセスメント部分については、定義を行い、それをインストールできているかが重要です。残念ながら、地方の場合だと応募者が少ないので、それを繰り返し実践できる環境も整っていない問題もあります。
神谷:
採用要件として定めているコンピテンシーの種類によって、アセスメントの難易度が変わると思います。人当たりや状況適応力の対人関係系、バイタリティーや上昇志向などのエネルギー系は見抜きやすい印象です。反対に、創造的思考力や論理的思考力は、話の深掘りが必要です。因果関係や論理破綻を極める能力が必要になるため、難易度は上がります。。
伊達・服部・杉浦:エキスパートと構造化のどちらが有利か
伊達:
杉浦さんと神谷さんの話は、どちらかというと構造化に進んでいく話だと思いました。では、「エキスパートの見極め力」と「構造化面接」が戦ったらどちらが勝つのか、比較があると面白いですよね。たとえば「クリエイティビティーを見抜く上で、構造化は不利」など、要件によって異なる可能性もありそうです。
服部:
昔、私の大学のMBA生の論文で、有名企業のトップ営業を研究したものがありました。その方々とコンピテンシーとの合致を検証した結果、コンピテンシーに合致している人ほど、ある程度上位にいました。ですが、さらに上位の方は、コンピテンシーからの逸脱が大きいことも明らかになりました。そう考えると、エキスパートには「型がないことが型」のような、何らかの境地がある気がします。
ただ実際には、多くの面接官は面接能力が高くありません。そのためデータで見ると構造化面接に分が上がる結果が出やすい。そのようなサンプリングのバイアスが働いている可能性もあります。
おわりに
杉浦:
私は、実務者としてお客さまに寄り添いながら仕事しているため、かなり現場サイドでの見え方が中心です。実際、地方で仕事をしていると、首都圏で語られることが全く当てはまらないケースがあります。それが良いか悪いかは別として、地方での仕事は異なる価値観の方も一定数おり、それが人事担当者の場合もあります。
地方での考え方などはアップデートすべき部分もありますが、いきなりその人たちに「駄目だ」と言うことは難しくもあるため、寄り添いながらやっていきたいと考えています。
神谷:
採用という重要な機能に対して、簡単に片付けられてしまう傾向が最近あるような気がします。それはテクノロジーの影響や、閉鎖的なコミュニティーの中で意思決定がされてしまう状況が影響していることもあるでしょう。しかし、人間のキャリアはとても複雑性の高いものですし、ポテンシャルの高いものです。
今回のように我々が見えている景色をフィードバックする機会が、より多くあると良いと思いました。これを聞いている方々も、簡単に片付けない、複雑性を受けいれるスタンスを感じ取って頂けたのであれば嬉しいです。
服部:
皆さんとのやりとりで興味深かったのは、採用をチームや組み合わせで考える点です。海外では、チームとして採用するという発想があります。大学、性別、様々なダイバーシティをチーム中に入れて意図的にチームを構成するのです。また「この人は批判的/この人は甘いけれど、良いところを見つけるのは得意」などと深層・表層のダイバーシティを取り込みつつチームを作ります。
今後、リファラルも含めて採用が組織レベルで動くことになっていく時、全てを一人のエキスパートが担うようなことは、時代と逆行しているかもしれません。面接に機能分化、役割分担があり得るか。そのような発想を深めていきたいし、皆さんと議論をしていきたいテーマと思いました。
伊達:
次回もまた新しいテーマについて発表することができるよう、様々なテーマに取り組んでいきます。採用学研究所を、引き続きよろしくお願いいたします。