2022年7月12日
『求める人物像』の科学:人物像を策定する際によくある失敗(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2021年12月に「『求める人物像』の科学:人物像を策定する際によくある失敗」を株式会社人材研究所と共同で開催しました。 「求める人物像」を定めているものの、実際の採用活動に活かせていないという企業は少なくありません。
本セミナーでは、採用実務に寄り添ったコンサルティングを強みとする人材研究所の安藤健氏と、ビジネスリサーチラボの伊達洋駆が、人物像の策定にまつわる3つの失敗とその解決策について、対談形式で解説しました。
本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
登壇者
青山学院大学教育人間科学部心理学科卒業。日本ビジネス心理学会 上級マスター。組織・人事に関わる人のためのオンラインコミュニティー『人事心理塾』代表。2016年に人事・採用支援などを手掛ける人材研究所へ入社し、2018年から現職。これまで数多くの組織・人事コンサルティングプロジェクトや大手企業での新卒・中途採用の外部面接業務に従事。著書に『人材マネジメント用語図鑑』(共著:ソシム)。その他『日経ビジネス電子版』にて人事・マネジメント系コラム「安藤健の人事解体論」を連載中。
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
よくある失敗(1)求める要件が多すぎる
安藤:
本日は、「人物像を策定する際によくある失敗」というテーマです。自社では、どのような能力・性格・思考や価値観を持っている人材を獲得すべきかを明確化したもの。これが、求める人物像、人材要件と呼ばれるものです。この人材要件を策定する際によくある失敗についてお話ししていきます。
1つ目のよくある失敗は「求める要件が多すぎる」ということです。最近のお客様の事例で、社長と幹部で自社の採用要件を決めることになり、人物像やスキルを明記したものを人事の方で用意していただき、それをベースに議論することとなりました。
しかし、社長や幹部層それぞれの求める人物像は多種多様で、これを全て合わせてしまうと、結局スーパーマンのような人になってしまうということがありました。こういった人事の方のお悩みはよく聞かれるものです。
実際、スーパーマンだと何が問題なのでしょうか。スーパーマンのような要件を持つ人材は、いざ採用しようとなったとき、労働市場にほとんどいません。人材要件を決めたはいいけれども実際には採用できないということになります。
また、そのような能力を掛け合わせて持っている人は、どこの会社からも引く手あまたです。すると次に考えなければならないのは、自社がオファーを出したら来てくれるか、つまり自社の採用ブランド力です。スーパーマン的な人材になればなるほど、強い採用ブランド力が必要となるのです。
伊達:
人材要件の策定は、To Doリストに似ています。やるべきことは増やそうと思えばいくらでも増やせますよね。人材要件も、様々な人にヒアリングするほど、これも必要、あれも必要、と要件の数が増えていってしまいます。
「求める人物像」というネーミングも、こうしたことが起こる原因の一つかもしれません。「求める」ものを挙げだすと、いくらでも挙げられます。様々な要件を求めて、理想を語りがちです。そこで、「今いる人物像」、つまり社内にいる人材の現状をあわせて把握することをおすすめしています。
今いる人物像と求める人物像を照らし合わせて、どこがどのように違っているのか/同じなのかを検討しておいたほうが良いでしょう。
安藤:
求める人物像を考える際に、「帰納的」な方法と「演繹的」な方法の二つがあります。帰納的な方法とは、今の社内の人材、活躍している人たちから活躍ポイントを抽出し、それを求める人物像に落とし込む方法です。
一方で、今は社内にいないものの今後は必要になる人材の要件も策定しなければなりません。たとえば、自社にはイノベーター人材がいないが、今後は新規事業を行うために必要であるとします。その際、イノベーター人材とはどのような人かを考えて、現実的な要件を策定していく。これが演繹的な方法です。
要件とジョブ、どちらから考えるべきか
参加者より:人材要件を起点に考えるのではなく、充足すべきポジションの環境や役割、ジョブを基点に考えるほうがベターではないでしょうか。
伊達:
人物から考えるのではなく、ポストから考えたほうがいいのではないかということですね。人材要件から考えたほうがいい会社もありますし、逆にポストから考えたほうがいい会社もあると思います。
ポストに対して賃金がひも付いており、かつ、入社したらそのポストに就くことが約束されている会社では、ポストから考えたほうがいいでしょう。他方で、日本企業に多いメンバーシップ型の会社では、人物を起点に考えていくアプローチが有効です。
安藤:
「組織は戦略に従う」ということがベースにあれば、先に戦略を作り、それを遂行する人材に必要な要件は何かとブレークダウンしていきます。逆に「戦略は組織に従う」という形もあります。
日本企業の求める人物像は新卒・中途とも、抽象的なものだったり、スキルベースでなくマインドベースの能力を求めているものだったりが多いというのも、そこを決められないからということがあるのでしょう。
伊達:
日本企業の場合、様々な仕事を経験しながら能力開発していくので、「訓練可能性」が高い候補者を求めています。しかし、訓練可能性は特定のスキルではないため、抽象度が高くなるのでしょうね。
育成要件と採用基準を分ける
安藤:
「育成要件と採用基準を分ける」というのが重要だと思います。定めた人材要件を全て採用基準にすると、労働市場から人材を採用する際の大きなハードルとなります。しかし、果たして、その要件や能力は最初から持っていないといけないのかということを問い直す必要があります。
たとえば、社内で育成する機会があり、育成に時間もかけられるということであれば、育成目標にして採用基準からは外したほうが、採用の可能性は高くなるはずです。一方で、育成しにくい要件は採用基準に入れる。このように、必要最低限の要件に絞ってから採用活動を行いましょう。
不要な特徴を考えてみる
伊達:
「不要な特徴を考えてみる」のも有効です。特に、自社では必要とされていないが、他社では広く求められている要件に注目すると良いでしょう。たとえば、明るい人は面接評価が高くなる傾向がありますが、自社では明るい人を求めないと定めれば、採用上の競争が避けられます。
そもそも労働市場で人気の要件を持つ人材が、自社に必ず適合しているわけではありません。人材要件を考える際に、他社が欲しがらないような要件だが自社では歓迎、という要件を見つけていきましょう。
参加者より:安易に使われるマジックワード、ポテンシャル採用と即戦力採用。実際に採用選考に入ると、この二つが混合され、結果としてポテンシャルでもなく即戦力でもない採用になってしまうということですね。
安藤:
基本的に、ポテンシャル採用は新卒、即戦力採用は中途という分け方がされると思いますが、即戦力として採用され、転職後に実際に上手く活躍している人は3割に満たないというデータを見たことがあります。
組織社会化、つまり新卒の全く真っ白な状態で、新しく組織に入った人が適応していく過程よりも、組織再社会化と呼ばれる、一度どこかの会社で社会化しそこになじんだ人が、別の会社に転職して再社会化することのほうが難しいものです。それは、アンラーニングの工程が一つ入るからです。
そう考えても、即戦力採用という言葉はミスリードを呼ぶ言葉ではないでしょうか。
よくある失敗(2)求める人材要件の基準が高すぎる
安藤:
次は、「人材要件の基準が高すぎる」という点です。ある会社で、エンジニアの採用基準を、トップエンジニアやスーパーエンジニアと呼ばれる上位職が決めていました。しかしその会社では、半年~1年経っても応募が全然来なかったのです。
その原因を探るため、人材要件を3年目ぐらいのエンジニアに見てもらうと、「これとこれをできる人は普通いません」というような意見が挙がりました。採用基準が高すぎたのです。
伊達:
人材要件を策定する際に重要な前提の一つは、「能力は育成できる」ということです。採用を進めていく上で、仮に、能力が育成できないという前提に立つと、求める基準は引き上がるばかりです。
どんな育成を自社では提供できるかを整理してみましょう。その後に人材要件を考えるのが効果的です。育成できるという前提で、育成プランを立て、それを踏まえて人材要件を立てるという順番です。
たとえば5年後に一人前になることが必要という会社があったとします。一人前になったとき、どのような能力が身についているのかを考えます。一つひとつの能力について、どのタイミングで高まったのかを検討しましょう。2年目のこの経験でこの能力が磨かれた、という具合に。
そのように見ていくと、社内の経験では開発されにくいものが出てくるはずです。それらについては採用時の人材要件として定めるようにします。
安藤:
いつどのタイミングでどういう経験からそれを身に付け、その力を身に付けたのかというところまで抽出することは、求める人材像を作るときに確かに必要ですね。そういうところまで見ていかないと、先ほどの採用基準と育成要件を分けることも難しいです。
成長のパスを求職者に見せることが重要
伊達:
育成についてしっかり考えておくと、採用が効果的に進められますし、育成プランを求職者に見せることもでき、惹きつけにもつながります。
この会社に入ると、このような経験をしてこのような能力が磨かれ、一人前になっていく。そうした将来への流れが見えていると、オンボーディングも促されるという研究もあります。求職者からすれば、入社後の不確実性が低減され、志望度が上昇します。
安藤:
先日、ある会社の内定を辞退した人たちを対象に、辞退理由をたずねる調査を実施しました。辞退理由の上位に挙がったのが、会社でのキャリアパスが見えないということ。具体的には、入社してからどう成長していくかが見えないということでした。
最近の就活生の傾向として、自己の成長が望めるかを就活の軸に置いているというデータもあり、それとも整合的ですね。
伊達:
たとえば家を購入するときに、どこに建っているかは判然とせず、家の中にどのような部屋があるかは買ってみてのお楽しみ、だと、その家を買おうと思わないですよね。
人は重大な選択をする際、自分がどのような環境に身を置くことになるのかを詳しく知りたいものです。したがって、育成プランと人材要件に関する情報を提供していくことが大事です。
たとえば、「うちの会社では、5年後にはこういう要件が必要になります。要件Aは2年目の研修に参加すれば満たせる。要件Bは3年目の経験で満たせる。ただ、要件Cは入社後に得られないため、入社時に持っておいていただく必要があります。よって、要件Cは採用時に確認しています」と説明すると、入社後のこともイメージしやすく、人材要件についても理解できますね。
企業が設定した人材要件を、人材紹介会社に理解してもらうためには
参加者より:企業が設定した人材要件を、人材紹介会社が正しく理解せず、結果として母集団形成やスクリーニング段階で不要な労力がかかってしまうことがよくあります。
安藤:
企業と人材紹介会社との関係性を見直すタイミングだと思います。私がよくやるのは、紹介された候補者を面接して、その合否のフィードバックを、人材会社に対して行うことです。
たとえば実際に1人紹介してもらい、その人と面接を実施して、この人のこの部分は、うちのこの人材要件からこのくらい離れている・合致しているという点をフィードバックしていきます。
伊達:
社内にも同じことが言えます。「人材要件としてこの4つがあります」と言われても、社員はイメージしにくいものです。たとえば、「うちの部署の○○さんは、人材要件でいえば、この要件がとても高いです。5段階評価で5です」と言われると、要件や基準が理解しやすくなります。社内外問わず、特定の人を見立てて要件をすり合わせていくのが大事ですね。
よくある失敗(3)求める人物像の要件が面接官に浸透していない
安藤:
最後に、「要件が面接官に浸透していない」という失敗について。人材要件の策定においても、それを合格基準や面接での質問に反映するところが重要になります。これは、「面接の構造化」の一側面です。
たとえばある会社では、人材要件の一つにストレス耐性が挙げていました。ストレス耐性とは具体的にはどういうものか、しっかり定義します。そして、それを測るための質問と、それを評価するための基準を考えます。
伊達:
人材要件を質問項目や評価基準に落とし込んだら、たとえば面接官が2人一組になり、模擬的な面接をしてみると良いでしょう。実際に使ってみると、評価のずれが発生してきます。
ずれについて面接官同士で議論する機会を設けましょう。「この要件の3とはこのような状態だと思って付けた」などと議論するうちに、質問項目や評価基準が面接官のものになっていきます。
近年の新卒採用で重視されている要件
参加者より:お二人が企業を支援する中で、特に新卒採用において直近2、3年で設定される機会が増加した人材要件があれば、その背景とともにお伺いしたいです。
伊達:
増加している要件の一つとして、「自律性」が挙げられます。コロナ禍をきっかけにテレワーク環境になり、自ら動いて学ぶ人が好まれるようになってきたことが背景としてあります。
ただし、自律性が社会的に求められるようになっているのであれば、「うちは自律性がなくても大丈夫です。なぜなら、テレワークでもきちんとオンボーディングができる仕組みがあるからです」と逆をいくのも、一つの採用戦略だと思います。
安藤:
そうですね。仕組みでカバーしたり、自律性がなくてもやっていけるような別の配置を考えたり、育成等の施策を考えたりすることで、採用のハードルを下げるのは戦略の一つですね。
有効に機能する人材要件の例
参加者より:お二人が企業を支援する中で、特に有効に機能した人材要件があればお伺いしたいです。
安藤:
様々な会社で共通して求められるベースの能力は、「自己認知の高さ」です。いかに表面的なスキルを持っていたとしても、自己認知が低い、つまり自分のことをよく分かってないと、自分の課題を認識せず改善もされないので、オンボーディングにも響きます。
このようなことは、ぱっと見たときの能力が高い人でもあり得る話です。人材要件として明確化して評価基準にしている企業は少ないですが、そこは共通して見るようにはしていきましょうとお伝えしています。
伊達:
「分からないときに支援を求めることができる」のは共通して大事です。新卒・中途にかかわらず、自分が分からない状況になったとき、放置したり、知ったかぶりをしたりせずに、周囲に助けてほしいと言える人です。
評価基準のレベルを定義する方法
参加者より:自己認知の高さを要件に定義する場合、どのようなレベルがあるのでしょうか。たとえばレベル1から5としたときに、1は何で5は何でしょうか。
伊達:
1はこのような状態、2はこう、5はこう…というように1から5までを厳密に決めていく構造化の方法もありますが、なにぶん設計が大変です。簡易的には中点に注目するのが良いでしょう。
たとえば1から5までの得点であれば3点に注目し、3点がどのような状態かを定義します。それより少し高ければ4点、大きく低ければ1点といった具合に、中点を定義すれば、他の得点の意味合いが見えてきやすくなるからです。
(了)