2022年5月18日
テレワーカーのワーク・ライフ・バランス:セグメンテーション・プリファレンスの観点から
新型コロナウイルス感染症への対策をきっかけに、2020年以降テレワーク・在宅勤務を実施する企業が増加しました。
在宅勤務には、通勤時間が不要になり、その分の時間を家事や家族の世話などに回せるといったメリットがあります。その反面、仕事で使うコンピューターなどのデバイスを家庭に持ち込むことになり、やろうと思えばいつまででも仕事ができてしまうデメリットもあります。つまり、ワーク・ライフ・バランスが取れるようになる可能性と同時に、取れなくなる可能性も存在しているのです。
民間調査によれば(※1)、テレワークによって、ワークの質・ライフの質ともに「向上した」という回答が一定割合あるのと同時に、ワークの質・ライフの質ともに「低下した」という回答もほぼ同じ程度得られています。テレワークの実施により、ワーク・ライフ・バランスが取れた人はワークとライフの質が向上したものの、バランスが取れなくなった人は低下したと推察されます。
一口にテレワークと言っても、それがワーク・ライフ・バランスに与える影響には個人差があるようです。今回は、“個人差”の一つとして「セグメンテーション・プリファレンス」という概念について取り上げ、ビジネスリサーチラボがテレワーカーを対象に実施した調査結果を基に、組織が従業員のワーク・ライフ・バランスを促進していく際に注意すべきポイントについて解説します。
セグメンテーション・プリファレンスとは
セグメンテーション・プリファレンス(Segmentation Preference)とは、「ワークとライフがお互いに分離されていることを、個人が好む程度」(※2)を指します。
セグメンテーション・プリファレンスが高い(ワークとライフをしっかり分けたい)人は「セグメンター」(Segmenter)と呼ばれ、家では仕事のことを考えないようにし、仕事中は家庭のことを考えないようにします。一方、セグメンテーション・プリファレンスが低い(ワークとライフに境目を作りたくない、統合したい)人は「インテグレーター」(Integrator)と呼ばれ、プライベートの時間でも仕事のことをよく考えます(※3)。
ワーク・ファミリー・コンフリクトとは
セグメンテーション・プリファレンスという概念は、ワーク・ファミリー・コンフリクトに影響を与える個人の特性として、ユタ大学のKreiner(※2)によって提唱されたものです。
ワーク・ファミリー・コンフリクト(Work-Family Conflict)とは、「役割間葛藤の一種で、仕事領域と家庭領域における役割による圧力が、何らかの点で相容れない状態」を指します (※4)。例えば、仕事で残業をしなければならなくなった結果、家に早く帰ることができず、家族の世話をする時間が無くなってしまうといった場合、ワーク・ファミリー・コンフリクトが高い状態にあります。
ワーク・ファミリー・コンフリクトは、ワーク・ライフ・バランスと近接する概念として、多くの研究で用いられています。ワーク・ファミリー・コンフリクトが高い状態は、ワーク・ライフ・バランスが取れていない状態であるため、ワーク・ファミリー・コンフリクトの程度が、ワーク・ライフ・バランスを表す指標の一つとなっているのです。
また、ワーク・ファミリー・コンフリクトに関するメタ分析(複数の研究結果を統合した研究※5)では、ワーク・ファミリー・コンフリクトに影響を与える要因として、以下のものがあることがわかっています。
ワーク・ファミリー・コンフリクトを増加させる要因
- 仕事上の役割葛藤(一つの役割に応じることで、別の仕事での役割が果たせなくなること)
- 仕事上の役割あいまいさ(業務、目標、責任などに関する必要な情報が足りないこと)
- 仕事上の役割過多(役割が多すぎて、それを行う時間的余裕がないこと)
- 労働時間の長さ
ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する要因
- 仕事の自律性(仕事における自由度)
- 仕事の多様性(求められるタスクの幅広さ)
- 仕事上の社会的支援(組織からの支援、上司からの支援、同僚からの支援)
- 家庭に対して配慮のある組織風土(家庭生活を支援するような組織文化、家族に関する手当や福利厚生の充実度合い)
労働時間が長いことは、家庭での時間が短くなることにつながります。加えて、役割に関するストレスがあることも、仕事の進めにくさに影響したり、帰宅しても仕事について考えることにつながったりするため、ワーク・ファミリー・コンフリクトを増加させます。
一方、周囲からの支援は仕事の進めやすさや効率性を高め、長時間労働を抑止すると考えられます。家庭を配慮してくれるような組織文化は、家庭での時間を確保したり、家庭での役割を果たすことを手助けしたりしてくれるため、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減させるのです。
セグメンテーション・プリファレンスとワーク・ファミリー・コンフリクト
セグメンテーション・プリファレンスは、ワーク・ファミリー・コンフリクトとどのような関係性にあるのでしょうか。複数の学術研究が実証している内容をまとめると、大きく3つのことが挙げられます。
(1)セグメンテーション・プリファレンスが高く、実際にワークとライフを分けられる場合、ワーク・ファミリー・コンフリクトは弱まる
1つ目として、「セグメンテーション・プリファレンスが高く、実際にワークとライフを分けられる場合、ワーク・ファミリー・コンフリクトは弱まる」ということがあります。
コネチカット大学のPowellら(※6)による、管理職・専門職を対象とした研究において、セグメンテーション・プリファレンスが高いことが、実際にワークとライフを分ける行動を増加させ、それがワーク・ファミリー・コンフリクトを低減することが明らかになっています。
例えば、「家庭では仕事のことを考えたくない」という高いセグメンテーション・プリファレンスを持つ人は、実際に家庭で仕事のことを考えないため、それによって仕事と家庭との間に葛藤が生まれない、ということです。
この結果についてPowellらは、調査対象である管理職・専門職が、実際にワークとライフを分ける行動を取りやすい立場であることも影響しているのではないかと考察しています。
一方、ケベック大学モントリオール校のLeducら(※7)による、小学校・高校の教師を主な対象とした研究において、セグメンテーション・プリファレンスが高いことは、ワーク・ファミリー・コンフリクトを増加させるという、Powellらとは逆の結果が示されています。
この結果についてLeducらは、セグメンテーション・プリファレンスが高いからといって、必ずしも実際にワークとライフをきっちりと分けられるとは限らない。例えば「子どもが風邪をひいたので、会社を早退して対応してほしい」といった事態は避けられず、むしろ労働者は、ワークとライフの統合を余儀なくされているのではないかと述べています。主な調査対象が小・中学校の教師である点からも、このような状況が推測されます。
ワークとライフをきっちり分けたいという「好み」が高い場合、ワークとライフが分けられないという「現実」があると、好みと現実の間にギャップが生まれてしまい、結果的にワーク・ファミリー・コンフリクトがあると感じてしまうのです。
(2)セグメンテーション・プリファレンスの高さは、ワーク・ファミリー・コンフリクトを増加させるネガティブな要因の影響を弱める
2つ目は、「セグメンテーション・プリファレンスが高いほど、ワーク・ファミリー・コンフリクトを増加させてしまうような、ネガティブな要因の影響が弱まる」ということです。
例えば、中国人民大学のLiuら(※8)の研究では、まず、職場での仲間外れ(他の人達に無視されるなど)が、ワーク・ファミリー・コンフリクトを高めることが分かりました。この理由として、職場で仲間外れにされることにより、仕事を進める上で必要な手助けが得られにくくなります。そして、仕事を完了させるための時間が長くなってしまうこと、また、仲間外れにされること自体がストレスとなり、そのことばかり考えてしまう結果、家庭での生活に悪影響を及ぼしていることなどが考えられます。
しかし、セグメンテーション・プリファレンスが高い(ワークとライフをしっかり分けたい)人においては、職場での仲間外れがワーク・ファミリー・コンフリクトに影響しないことも明らかとなっています。セグメンテーション・プリファレンスが、職場での仲間外れの悪影響を抑制したのです。より具体的には、「仕事は仕事、プライベートはプライベート」という具合に両者を分け、職場で仲間外れにされているという出来事や気分をプライベートに持ち越していないということです。
図 1:Liuら(※)より抜粋
職場での仲間外れ以外にも、セグメンテーション・プリファレンスによる抑制効果は、職務ストレス(大きな緊張感の中で仕事をしている、など ※9)、雇用不安(今の仕事をもうすぐ失う可能性がある、など※10)においても発揮されることがわかっています。
極度に緊張しながら仕事をしていることや、今の仕事を失う可能性があるかもしれないという不安は、ワーク・ファミリー・コンフリクトを高めてしまいます。しかし、セグメンテーション・プリファレンスが高い人は、それらネガティブ要因があったとしても、ワーク・ファミリー・コンフリクトが高まりにくいということです。
これらのネガティブ要因についても、ワークとライフをしっかり分けたい人は、「仕事は仕事、プライベートはプライベート」と分けて考えることで、ネガティブな気分をプライベートに持ち込みにくくなっていると考えることができます。
図 2:ネガティブ要因とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性におけるセグメンテーション・プリファレンスの影響
(3)セグメンテーション・プリファレンスと、仕事の特性・環境が一致していると、ワーク・ファミリー・コンフリクトは高まりにくい
3つ目に実証されている関係性は、「セグメンテーション・プリファレンスの程度と一致するような、仕事の特性や状況があることで、ワーク・ファミリー・コンフリクトは高まりにくい」ということです。この「セグメンテーション・プリファレンスに一致するような仕事の特性や状況」ですが、「高いセグメンテーション・プリファレンスに一致する仕事の特性・状況」と、「低いセグメンテーション・プリファレンスに一致する仕事の特性・状況」の2種類があります。
「高いセグメンテーション・プリファレンスに一致する仕事の特性・状況」は、先述の(1)「セグメンテーション・プリファレンスが高く、実際にワークとライフを分けられる場合、ワーク・ファミリー・コンフリクトは弱まる」と関連します。すなわち、「実際にワークとライフを分けられるような仕事の特性・状況」ということになります。
具体的に実証されているものとして、「業務の開始・終了時間を個人がコントロールできる」ことが挙げられます。業務の開始・終了時間を個人がコントロールできるということは、自らの判断で、その時間を仕事に費やすのか、それともプライベートに充てるのかを、ある程度コントロールできることになるため、「ワークとライフをきっちり分けたい」という好みに一致しています。
ドイツ連邦労働安全衛生研究所のWöhrmannら(※11)の研究では、セグメンテーション・プリファレンスが高い個人において、業務の開始・終了時間を個人がコントロールできることで、個人のワーク・ライフ・バランスが高まることがわかっています。ワークとライフをしっかり分けたい人にとっては、業務を始めたり終えたりする時間を自分で設定できるほど、ワーク・ライフ・バランスが高まる、ということです。
一方、「低いセグメンテーション・プリファレンスに一致する仕事の特性・状況」の例としては、「勤務時間外に仕事関係のコミュニケーションが発生する」という状況が挙げられます。勤務時間外、プライベートの時間においても仕事関係のコミュニケーションが発生するという状況は、ワークとライフに境目を作らず統合したい人にとっては、特に抵抗感のないものであると考えられます。
実際に、テキサス大学アーリントン校のButtsら(※12)による研究では、セグメンテーション・プリファレンスが低い個人においては、勤務時間外に仕事関係のコミュニケーションに費やす(メールやチャットを見て対応する)時間が長くなっても、ワーク・ファミリー・コンフリクトに影響が少ないことがわかりました。
ワークとライフに境目を作りたくない、統合したい人にとっては、勤務時間外に仕事に関するメールなどに対応する時間が長くなったとしても、仕事と家庭との間にコンフリクトが発生していると感じにくいのです。
図 3:仕事特性とアウトカムの関係性におけるセグメンテーション・プリファレンスの影響
調査結果:テレワーカーにおけるワーク・ファミリー・コンフリクト
ここまで見てきた先行研究は海外で行われたものであり、かつ、働き方の違いには焦点が当てられていないものが中心です。では、日本のテレワーカーにおけるワーク・ファミリー・コンフリクトに、セグメンテーション・プリファレンスはどのように影響しているのでしょうか。
ビジネスリサーチラボでは、2021年9月に、オフィスワーカーとテレワーカー(※13)を対象とした調査を実施しました。そのデータを分析した結果、以下のような結果が得られました。
結果(1):セグメンテーション・プリファレンスは、オフィスワーカーのワーク・ファミリー・コンフリクトを増加させるが、テレワーカーにおいては影響しない
まず、セグメンテーション・プリファレンス(「仕事のことは、仕事中にのみ考えていたい」「プライベートに仕事が入り込んでくるのは嫌だ」など)そのものが、オフィスワーカーのワーク・ファミリー・コンフリクト(「仕事のせいで、私生活が犠牲になっている」「私生活のせいで、仕事の体力が失われている」など)を増加させることが明らかになりました(表1、※14)。
オフィスワーカーは、ワークとライフを分けたいという気持ちが強くなるほど、ワークとライフの間での葛藤が起きやすくなるということです。
表 1:オフィスワーカーにおける、セグメンテーション・プリファレンスがワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響(単回帰分析)
この結果は、セグメンテーション・プリファレンスとワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性(1)「セグメンテーション・プリファレンスが高く、実際にワークとライフを分けられる場合、ワーク・ファミリー・コンフリクトは弱まる」で挙げた、Leducら(※7)の結果と一致します。
すなわち、ワークとライフを分けたい、仕事が家庭生活に入り込んでくることを阻止したい、という好みは強くても、オフィスワーカーは、オフィスに出社しなければならないという現実があります。このギャップにより、ワーク・ファミリー・コンフリクトが高まっているものと考えられます。
一方、テレワーカーにおいては、セグメンテーション・プリファレンスとワーク・ファミリー・コンフリクトの間に関係性は見られませんでした(表2)。テレワーカーは、仕事と家庭を分けたいという気持ちが強くても弱くても、仕事と家庭の間の葛藤があるかないかには影響がないということになります。
表 2:テレワーカーにおける、セグメンテーション・プリファレンスがワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響(単回帰分析)
仮にテレワーカーにおいて、セグメンテーション・プリファレンスがワーク・ファミリー・コンフリクトを低減していれば、「テレワークがワークとライフを分けることのできる手段である」と主張することもできますが、今回の調査結果のみからでは、テレワークがそのような手段であるとは言い切れません。
あくまでも、オフィスワーカーにおいて生じる、セグメンテーション・プリファレンスが高いことによるネガティブな影響が、テレワーカーにおいては無効化される(ポジティブでもネガティブでも無くなる)ということを示している結果になります。
結果(2):仕事上の社会的支援は、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する
続いて、
- 同僚とのコミュニケーションの質:「私の同僚は、私の連絡に対して適切なタイミングで返事をくれる」など
- 知覚された組織サポート:「何か私に問題が生じたとき、私の会社はいつもサポートしてくれる」など
が高いほど、オフィスワーカー・テレワーカーの、ワーク・ファミリー・コンフリクトが低いことが明らかとなりました(表3・4、※15)
同僚が適切なタイミングで正確で有益な情報をくれたり、何か問題が起きたときに会社が支援してくれているという感覚があったりするほど、仕事と家庭の間での葛藤が起きにくいということです。
表 3:オフィスワーカーにおける、仕事上の社会的支援とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性(相関分析)
表 4:テレワーカーにおける、仕事上の社会的支援とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性(相関分析)
これらの要因は、先行研究(※5)においてワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する要因とされている「仕事上の社会的支援」に当たるため、この結果は順当であると考えられます。
すなわち、同僚とタイムリーにやり取りができたり、問題が生じたときに組織からサポートを受けることができたりすることで、仕事と家庭の間の葛藤が生まれにくくなった可能性があるということです。
結果(3)-1:セグメンテーション・プリファレンスの高低に関わらず、仕事上の社会的支援は、オフィスワーカーのワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する
さらに、これらの社会的支援とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性に、個人差としてのセグメンテーション・プリファレンスがどのように作用するかを分析しました。
まず、オフィスワーカーにおいては、セグメンテーション・プリファレンスの高低に関わらず、2つの社会的支援(同僚とのコミュニケーションの質・知覚された組織サポート)いずれもが、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減していました(表5・6、※16)。
オフィスワーカーにおいては、ワークとライフを分けたい好みの程度に関わらず、同僚と適切なタイミングで連絡を取れていたり、何か問題が起きたときに会社が支援してくれているという感覚があったりするほど、仕事と家庭の間での葛藤が起きにくいということです。
表 5:オフィスワーカーにおける、同僚とのコミュニケーションの質、セグメンテーション・プリファレンスが、ワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響
表 6:オフィスワーカーにおける、知覚された組織サポート、セグメンテーション・プリファレンスが、ワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響
これらの結果は、ユタ大学のKreiner(※2)の研究結果と同様であると考えられます。Kreinerは、セグメンテーション・プリファレンスの高低とは関係なく、ワークとライフを実際に分けられるような職場の支援・仕事の仕組み・組織の制度などが増えるほど、ワーク・ファミリー・コンフリクトは低下するということを明らかにしています。
まず、セグメンテーション・プリファレンスが高い(ワークとライフをきっちり分けたい)人にとっては、ワークとライフを分けるような組織の制度・職場の支援などが豊富にあることは、「自分の好み」と「与えられる支援」が一致しており、好ましい状態と言えます。このことは、P-E fitという学術的理論で説明されます。
P-E fit(Person-Environment fit)とは、「個人の好みや願望と、環境の間の、一致・類似・対応(※17)」を指す言葉です。例えば、成果主義が強い組織は、自分の仕事を成果で評価してほしい人にはフィットしている組織と言えますが、仕事の過程や頑張りを評価されたい人にはフィットしている組織とは言えません。
このような個人の好みや願望と環境が一致していると、仕事に対する満足度や、組織に対する愛着心、パフォーマンスが高まり、離職しようとする意思、ストレス反応が減少することがわかっています(※18)。Kreinerの研究や今回の調査においても同様に、「セグメンテーション・プリファレンスが高い人」と、「ワークとライフを分けられるような仕事環境」が一致しており、ワーク・ファミリー・コンフリクトが低下したと考えられるでしょう。
一方、Kreinerの研究や今回の調査では、セグメンテーション・プリファレンスが低い(ワークとライフに境目を作らず統合したい)人にとっても、ワークとライフを分けるような組織の制度・仕事の仕組みが増えれば増えるほど、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減するという結果が得られています。これはP-E fitの知見と矛盾するものです。
この結果は、ワークとライフを分けたいという好みの程度よりも、組織の制度や職場の支援が、実際にワークとライフを分けることにつながるかどうかが重要であるということを示しています。仕事と家庭を分けるような制度・仕組みによって、残業時間が伸びたり、家で仕事をしなければならなかったりすることにより、家事ができない、家族の世話をすることができないといった状況は、事実として無くなるということです。
前述の通り、ワーク・ファミリー・コンフリクトという概念は「役割間葛藤の一種で、仕事領域と家庭領域における役割による圧力が、何らかの点で相容れない状態」(※4)です。そのため、ワークとライフを分けられることは、片方の役割を果たそうとすることでもう片方の役割を果たせなくなるといった葛藤自体を減らすことになるでしょう。
ただし注意点として、Kreinerの研究においては、セグメンテーション・プリファレンスが低く、ワークとライフを分けられる組織の制度・仕事の仕組みが豊富にあると回答した人々は、ワーク・ファミリー・コンフリクトは低いものの、同時に、ストレスが高く仕事に対する満足度も低いということもわかっています。
仕事と家庭を分けるような制度・仕組みによって、実際残業時間が伸びたり、家で仕事をしなければならなかったりするような状況にはなりません。しかしながら、ワークとライフを分けずに統合したい人々にとっては、仕事と家庭を「分けなければならない」状態というのは逆にストレスフルで、仕事に対する満足度が低下する可能性もあると考えられます。
結果(3)-2:セグメンテーション・プリファレンスが高いテレワーカーにおいて、仕事上の社会的支援は、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減しない
他方で、テレワーカーにおいてはオフィスワーカーと異なる結果が現れました。具体的には、仕事上の社会的支援は、セグメンテーション・プリファレンスが低い人(※19)においてのみ、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減させました。他方で、セグメンテーション・プリファレンスが高い人(※19)においては、社会的支援の低減効果は働かなかったのです(表7・8、図3・4、※20)。
要するに、ワークとライフに境目を作らず統合したい人にとっては、同僚や組織からの支援があることでワークとライフの間の葛藤が減るものの、ワークとライフをきっちり分けたい人にとっては、それらの支援があったとしてもワークとライフの間の葛藤は減ることがないということになります。
表 7:テレワーカーにおける、同僚とのコミュニケーションの質、セグメンテーション・プリファレンスが、ワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響
図 4:テレワーカーの、同僚とのコミュニケーションの質とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性における、セグメンテーション・プリファレンスの影響
表 8:テレワーカーにおける、知覚された組織サポート、セグメンテーション・プリファレンスが、ワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響
図 5:テレワーカーの、知覚されたサポートとワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性における、セグメンテーション・プリファレンスの影響
まとめると、特にテレワーカーにおいて、セグメンテーション・プリファレンスが高い(ワークとライフをきっちりと分けたがる)ことは、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減するという社会的支援の有効性を打ち消してしまう、ということになります。
ワークとライフを分けることは、葛藤を減らすが、ポジティブな影響も減らしてしまう
結果(3)-2では、「セグメンテーション・プリファレンスが高いテレワーカーにおいて、仕事上の社会的支援は、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減しない」ことがわかりました。この結果は、P-E fit理論、あるいはKreiner(※2)の研究結果と矛盾するものです。なぜこのような結果になったのでしょうか。
この説明として、セグメンテーション・プリファレンスとワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性(1)「セグメンテーション・プリファレンスが高く、実際にワークとライフを分けている場合、ワーク・ファミリー・コンフリクトは弱まる」で挙げた、Powellら(※6)、Leducら(※7)について再度紹介します。
この2つの研究では、先述したものとは別の結果が出ており、それらは2つの研究間で類似していました。その結果とは、「セグメンテーション・プリファレンスが高いこと、あるいは実際のワークとライフを分ける行動が多いことは、ワークとライフがお互いにポジティブな影響を与えあう現象を低減する」というものです。
ここで言う「ポジティブな影響」とは、例えば仕事で学んだ知識をプライベートで活かしたり、仕事上で感じたポジティブな感情をプライベートに持ち越したりすること、職場での支援により家庭生活が充実しているように感じることなどです。
つまり、仕事と家庭をきっちり分けたいという好みが強く、実際に仕事と家庭をきっちり分けている人は、仕事と家庭の間での葛藤を経験することが少ないが、同時に、職場での支援により家庭生活が充実しているように感じることも少ないということになります。
なお、今回の調査の結果(3)-1で、「セグメンテーション・プリファレンスの高低にかかわらず、仕事上の社会的支援は、オフィスワーカーのワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する」という、Kreiner(※2)の結果と一致する結果も出ています。なぜオフィスワーカーではセグメンテーション・プリファレンスが影響しなかったのでしょうか。
これは結果(1)で述べたとおり、オフィスワーカーにおいては、ワークとライフをきっちり分けたいという好みの程度にかかわらず、オフィスに出社しなければならないですし、ワークがライフを実際に分けにくい状況にあるという現実が影響していると考えられます。
よってオフィスワーカーにおいては、ワークとライフが分けにくい状況が強制的に発生していることで、仕事と家庭の間に葛藤を抱えつつも、社会的支援があることによってそれらが抑制されるというポジティブな影響も生まれているのではないでしょうか。
ワークとライフを分けたいテレワーカーの、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する要素とは
以上のように、同僚とのコミュニケーションや組織サポートは、セグメンテーション・プリファレンスの高い(ワークとライフをきっちり分けたい)テレワーカーの、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減しない(影響しない)ということが分かりました。では、セグメンテーション・プリファレンスの高いテレワーカーには、何の打ち手もないのでしょうか。
実は、本調査でわかったもう一つの結果から、示唆を得ることができます。それは、
- バーチャリティ(同期性):「オンラインツールの使用によって、仕事の連絡が速くなった」など
- バーチャリティ(情報の価値):「仕事のパフォーマンスを高める上で、情報ツールを介したコミュニケーションは重要である」など
の2つの要素に関しては、セグメンテーション・プリファレンスが高いテレワーカーにおいて、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減するというものです(表9・10、図5・6、※21)。
ワークとライフをしっかり分けたいテレワーカーにとっては、職場とのコミュニケーションや、仕事に関する連絡が迅速に行えること、あるいは情報ツールを用いることにより、コミュニケーションが効率化されていると感じていることで、仕事と家庭の間の葛藤を感じにくくなるということです。
なお、上記2要素は、セグメンテーション・プリファレンスが低いテレワーカーにおいては影響がなく、オフィスワーカーではバーチャリティ(同期性)のみ、セグメンテーション・プリファレンスの高低に関わらず、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減することも明らかとなっています。
表 9:テレワーカーにおける、バーチャリティ(同期性)、セグメンテーション・プリファレンスが、ワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響
図 6:テレワーカーの、バーチャリティ(同期性)とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性における、セグメンテーション・プリファレンスの影響
表 10:テレワーカーにおける、バーチャリティ(情報の価値)、セグメンテーション・プリファレンスが、ワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響
図 7:テレワーカーの、バーチャリティ(情報の価値)とワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性における、セグメンテーション・プリファレンスの影響
このような結果になった理由として、ワークとライフをきっちりと分けたいテレワーカーは、できるだけ業務時間内で仕事や連絡を完結しようとする傾向があるためではないかと推察されます。そうなると、社内外の関係者に対して、自分から報告・連絡・相談したり、あるいはそれらを受けたりするといったコミュニケーションは、可能な限り迅速に行われる必要があるでしょう。
よって、セグメンテーション・プリファレンスが高いテレワーカーにとって、オンライン上での同期性が担保されていること、あるいはオンラインツールを使うことでの仕事の効率化は、仕事を家庭に持ち込まない上で重要な要素になっていると考えられます。
他方で、ワークとライフを分けずに統合したいテレワーカーは、業務上のコミュニケーションを、業務時間に関係なく行う可能性があります。その場合、コミュニケーションの速さという点については、仕事と家庭の間の葛藤に関して言えば、それほど影響しないということが想像されます。
結論:オフィスワークかテレワークかだけでなく、セグメンテーション・プリファレンスの高低によって、適切なワーク・ライフ・バランス施策を検討すべき
改めて本調査からは、オフィスワーカー、セグメンテーション・プリファレンスの低いテレワーカーは社会的支援が、セグメンテーション・プリファレンスの高いテレワーカーは、オンラインツールによるコミュニケーションの迅速化・仕事の効率化が、ワーク・ファミリー・コンフリクトの低下、つまりワーク・ライフ・バランスの向上には必要であることがわかりました(図7)。
図 8:オフィスワーカーとテレワーカー/セグメンテーション・プリファレンスの高低による、ワーク・ファミリー・コンフリクトを低減する要因の違い
なお、「同僚コミュニケーションの質」と「バーチャリティ(同期性・情報の価値)」は類似しているようにも思えますが、後者に関しては、他者から支援を受けるというだけでなく、自らオンラインツールを使用して発信していったり、仕事を進めていったりするという観点も含まれています。また後者は、正確性というよりはむしろスピード感に重きが置かれていると考えることもできるかもしれません。
冒頭に述べたように、テレワークによってワークの質・ライフの質ともに「向上した」と感じる人もいれば、ワークの質・ライフの質ともに「低下した」と感じる人もいます。この違いが、セグメンテーション・プリファレンスという、ワークとライフを分けたい好みの程度によって生まれている可能性が、本調査からは明らかとなりました。
なお、今回挙がった4つの要素(同僚コミュニケーションの質・組織サポート・バーチャリティ(同期性)・バーチャリティ(情報の価値))の中に、ワーク・ライフ・バランスに悪影響を及ぼすものはありません。よって、いずれの要素も高めていくことで、組織全体のワーク・ライフ・バランスを高めることにつながります。
ただし、特にセグメンテーション・プリファレンスの高い、ワークとライフをきっちり分けたいテレワーカーに注目すると、オンラインツールによるコミュニケーションの迅速化・仕事の効率化が急務になると言えるでしょう。
※1:リクルートマネジメントソリューションズ「緊急的な導入で影響を受けるワーク・ライフ・バランスやマネジメントの改善方法も明らかに テレワーク実態調査結果を発表(後編)」https://www.recruit-ms.co.jp/press/pressrelease/detail/0000000303/
※2:Kreiner, G. E. (2006). Consequences of work‐home segmentation or integration: A person‐environment fit perspective. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 27(4), 485-507.
※3:Nippert-Eng, C. (1996, September). Calendars and keys: The classification of “home” and “work”. In Sociological Forum (Vol. 11, No. 3, pp. 563-582). Kluwer Academic Publishers-Plenum Publishers.
※4:Greenhaus, J. H., & Beutell, N. J. (1985). Sources of conflict between work and family roles. Academy of management review, 10(1), 76-88.
※5:Michel, J. S., Kotrba, L. M., Mitchelson, J. K., Clark, M. A., & Baltes, B. B. (2011). Antecedents of work–family conflict: A meta‐analytic review. Journal of organizational behavior, 32(5), 689-725.
※6:Powell, G. N., & Greenhaus, J. H. (2010). Sex, gender, and the work-to-family interface: Exploring negative and positive interdependencies. Academy of Management Journal, 53(3), 513-534.
※7:Leduc, C., Houlfort, N., & Bourdeau, S. (2016). Work-life balance: The good and the bad of boundary management. International Journal of Psychological Studies, 8(1), 133-146.
※8:Liu, J., Kwan, H. K., Lee, C., & Hui, C. (2013). Work‐to‐family spillover effects of workplace ostracism: The role of work‐home segmentation preferences. Human Resource Management, 52(1), 75-93.
※9:Xin, J., Chen, S., Kwan, H. K., Chiu, R. K., & Yim, F. H. K. (2018). Work–family spillover and crossover effects of sexual harassment: The moderating role of work–home segmentation preference. Journal of Business Ethics, 147(3), 619-629.
※10:Hongbo, L., Waqas, M., Tariq, H., & Yahya, F. (2020). Bringing home the bacon: Testing a moderated mediation model of job insecurity, work–family conflict, and parent–child attachment. Social Science Information, 59(4), 704-729.
※11:Wöhrmann, A. M., Dilchert, N., & Michel, A. (2021). Working time flexibility and work-life balance. Zeitschrift für Arbeitswissenschaft, 75(1), 74-85.
※12:Butts, M. M., Becker, W. J., & Boswell, W. R. (2015). Hot buttons and time sinks: The effects of electronic communication during nonwork time on emotions and work-nonwork conflict. Academy of Management Journal, 58(3), 763-788.
※13:「2021年7月から現在(回答時点)にかけて、あなたはテレワークを活用して働いていましたか」という質問に、「はい」と回答した方をテレワーカー(153名)、「いいえ」と回答した方をオフィスワーカー(319名)として分析しています。
※14:独立変数をセグメンテーション・プリファレンス、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとし、単回帰分析を行っています。
※15:同僚とのコミュニケーションの質、知覚された組織サポートと、ワーク・ファミリー・コンフリクトの相関分析を行っています。なお、独立変数をセグメンテーション・プリファレンス、同僚とのコミュニケーションの質、知覚された組織サポート、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとし、重回帰分析(強制投入法)を行った結果、知覚された組織サポートのみが有意な影響を与えていました(オフィスワーカー:β=-0.257、p<.001/テレワーカー:β=-0.217、p<.01)。
※16:表5では、STEP1の独立変数に同僚とのコミュニケーションの質、セグメンテーション・プリファレンス、STEP2の独立変数にそれらの交互作用項を加え、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとした階層的重回帰分析を行っています。表6では、STEP1の独立変数に知覚された組織サポート、セグメンテーション・プリファレンス、STEP2の独立変数にそれらの交互作用項を加え、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとした階層的重回帰分析を行っています。いずれも、交互作用項は有意でないため、セグメンテーション・プリファレンスの高低は、同僚とのコミュニケーションの質・知覚された組織サポートそれぞれとワーク・ファミリー・コンフリクトの関係性に、影響を及ぼさないと結論づけています。
※17:Edwards, J. R., & Shipp, A. J. (2007). The relationship between person-environment fit and outcomes: An integrative theoretical framework. In C. Ostroff & T. A. Judge (Eds.), Perspectives on organizational fit (pp. 209–258). Lawrence Erlbaum Associates Publishers.
※18:Kristof‐Brown, A. L., Zimmerman, R. D., & Johnson, E. C. (2005). Consequences OF INDIVIDUALS’FIT at work: A meta‐analysis OF person–job, person–organization, person–group, and person–supervisor fit. Personnel psychology, 58(2), 281-342.
※19:「セグメンテーション・プリファレンスが高い人」は、セグメンテーション・プリファレンスの平均値-1標準偏差(SD)、「セグメンテーション・プリファレンスが低い人」はセグメンテーション・プリファレンスの平均値-1標準偏差(SD)として分析しています。
※20:表7では、STEP1の独立変数に同僚とのコミュニケーションの質、セグメンテーション・プリファレンス、STEP2の独立変数にそれらの交互作用項を加え、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとした階層的重回帰分析を行っています。表8では、STEP1の独立変数に知覚された組織サポート、セグメンテーション・プリファレンス、STEP2の独立変数にそれらの交互作用項を加え、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとした階層的重回帰分析を行っています。
※21:表9ではSTEP1の独立変数にバーチャリティ(同期性)、セグメンテーション・プリファレンス、STEP2の独立変数にそれらの交互作用項を加え、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとした階層的重回帰分析を行っています。表10では、STEP1の独立変数にバーチャリティ(情報の価値)、セグメンテーション・プリファレンス、STEP2の独立変数にそれらの交互作用項を加え、従属変数をワーク・ファミリー・コンフリクトとした階層的重回帰分析を行っています。
執筆者
小田切岳士
同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。