2022年3月23日
組織サーベイに使えるアンケートの作り方(セミナーレポート)
従業員を対象にアンケートを実施し、社内の傾向を分析する「組織サーベイ(組織診断)」を実施する企業は増えてきています。本コラムでは、「組織サーベイの質問項目をどのように作ればよいか」について、これまで多くの組織サーベイのアンケート設計に携わってきたビジネスリサーチラボの伊達と正木が対談形式で解説しました。
※本コラムは、2021年6月に開催した「人事のためのデータ分析入門 組織サーベイ・組織診断に使えるアンケート質問項目の作り方」の内容をもとに編集・再構成しています。
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。
正木郁太郎 株式会社ビジネスリサーチラボテクニカルフェロー
東京大学大学院人文社会系研究科 博士後期課程修了。博士(社会心理学)。2021年より東京女子大学現代教養学部心理・コミュニケーション学科 専任講師。社会心理学や産業・組織心理学が専門で、特に組織のダイバーシティに関する研究などに取り組んでいる。人事・組織分野やHR Techの領域で、多数の民間企業と業務委託やアドバイザーとして協働し、研究やサービス開発、組織改善にも取り組んできた。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会)がある。
伊達
本日は、「組織サーベイにおけるアンケートの質問項目をどのように作れば良いか」をテーマに、正木さんと対談していきます。
組織サーベイとは
人や組織の改善のために現状を把握する調査(一般にはアンケート調査)を指す。従業員意識調査、ES調査、エンゲージメントサーベイ等、さまざまな呼び方をされる。基本的には(1)従業員にアンケートを配信する、(2)データを回収して分析する、(3)分析結果を基に、人や組織をより良いものにするための施策を検討するという流れで行われる。
アンケートの質問項目(質問と選択肢のセット)というと、誰でも作ることができるのではと考える方もいます。ところが、実際に作ったことのある方なら分かると思いますが、結構難しく、知識や経験が必要になってきます。
例えば、「エンゲージメント」の現状を把握したい場合に、皆さんならどのような質問をしますか。「あなたはエンゲージメントが高いですか」「生き生きと働いていて、会社を辞めたくないですか」などという質問は適切ではありません。こういった聞き方のどこに問題があるのかは、後程触れます。
対談は2つのパートから構成されます。まず、質問項目を作る準備として「良い仮説を立てるには?」「分析イメージを持つには?」という問いを掲げてディスカッションします。次に、質問項目を作る際のポイントとして「よく見られる失敗は?」「答えやすい質問を作るには?」という問いのもと対談を進めます。
良い仮説を立てるには、理論と実際の現象の両方を把握することが重要
伊達
組織サーベイや従業員意識調査は、基本的に仮説検証型の調査です。事前に仮説を立て、仮説に基づく質問項目を作り、アンケートを実施し、データ分析によって仮説を検証する、といった流れです。仮説に基づいて質問項目を作るので、良質な仮説を立てないと、質問項目も良いものができません。ですので「良い仮説を立てるにはどうすればいいか」というのが質問項目を作る上で最初の問いになります。
正木
2つのやり方があります。1つ目は、既存の理論などから入るケース。先ほどのエンゲージメントの例でいえば、例えばエンゲージメントにつながるものとして、その人が使うことができる仕事上の人的・物的な資源があります。では、それぞれどの程度あるか測っていこう、というようなケースです。ただし、個人的にはこちらのやり方はお勧めしていません。
2つ目のやり方は、理論ではなく起きている現象それ自体に注目し、「こういう人がこういうことで困っている」という像を明確にイメージして、その人は何者なんだろうという検証から入っていく方法です。エンゲージメントであれば、何だか元気のなさそうな人がいる、ではその人は何で元気がなさそうなのか。多分ああじゃないかな、こうじゃないかなと。目の前の人や部署、会社全体でもいいんですが、一体自分たちが取り組んでいる問題が何なのかを明確にイメージしながら仮説を作るというやり方です。
1つ目の理論だけで入るやり方による最悪のケースは、実際に起きている現象が何だか分からなくなってしまうことです。エンゲージメントという言葉が流行っているから、取りあえず入れてみたとして、結果を分析しても、結局どういう現象のことを分析したかったのかがよく分からない、ということが起き得ます。すると、エンゲージメントが何の役に立つのかわからなくなってしまったり、実は別のところに問題があって、それを検証するには労働時間や職場の雰囲気も測定しなければならなかったかもしれない。
このような事態を防ぐために、実際の「こういう問題」「こういう人」というイメージを持つこと、併せて、最低限度の理論は理解しておくことが必要になります。それらを1人でカバーできない場合は、現象は現場の実務の方、理論に関しては外部の方と組み合わせたり、適宜、1つ目と2つ目のやり方を往復することが一番の理想的なやり方です。
伊達
ありがとうございます。一般に、実務家の方だけで組織サーベイを作ろうとすると、現象から入ることに終始してしまいがちです。その場合、理論のことについて知っている人にアドバイスを求めることが大事になるでしょうし、逆に研究者が中心となって進める場合には、きちんと現場から情報を吸い上げないと、いい仮説は作れません。つまり、「複数の情報源を用いること」が大事だという話ですよね。
正木
補足すると、サーベイを作るときに、全体のうち8割くらいは仮説をしっかり持ってやったほうがよいでしょう。ただ、残りの2割ぐらいは直感で、当たったらいいな程度のものを入れておくのも大事なポイントです。仮説をしっかり作ってそれに沿った質問を作り調査をしても、その通りの結果が出てよかったものの、「ふーん」となって終わってしまうことがあるのも事実です。なので、少し意外性のある、そこで何か面白い結果が出れば次のさらなる仮説や打ち手につながるようなものがあれば、そういったものを少し混ぜておくのも大事です。
どんなグラフを描くかイメージし、平均値を算出できる項目を作る
伊達
2つ目の問いは「分析イメージを持つには」というものです。アンケートは回答を得て終わりではなく、データを分析しなければいけません。だとすれば、分析を見越したデータを獲得しないといけないわけです。こちらも正木さんからまたお願いします。
正木
やはり使いやすい質問にしておくというのが一番のポイントです。使いやすいものにする、後で分析をして何かの結果を導きやすくする、というために最低限必要なこととして、「平均値を算出できる質問項目・選択肢にする」ということがあります。
というのも、結局「平均値と相関だけでいいのではないか」と最近思うからです。例えば性別や部署間での差を見るためには、平均値を用いて分析すれば良いです。また、回帰分析など様々な分析はありますが、それらは、Aという要因とBという要因の間の相関関係を高度に見ているに過ぎません。
では、例えば平均値の分析をしようとするとき、その分析しようとする要素や項目の得点が、100点満点や10点満点になっていればいいのですが、「今、困ってることを教えてください」という質問で、「A:仕事内容」「B:人間関係」「C:…」という選択肢だった場合、平均値が算出できません。このように、平均値を算出することをイメージして項目や選択肢を作ることがポイントです。
また、相関関係は「何かの得点が高いほど、別の何かの得点も高いはず」という想定ができるため、分析に使いやすいです。例えば「上司との関係がうまくいっている度合いが高いほど、〇〇も高い」という仮説を立てた場合、それを分析によって検証するためには、5点満点など点数化できるようにしておけばいい。
まずはこの平均・相関関係の二つでスタートしても良いと思います。もちろんより深い分析の方法をご存じの方は、いろいろチャレンジしていただくことに越したことはないです。
伊達
「グラフを想像する」ことが最初は大事なんでしょうね。平均値の差についても、男性と女性、二つのグラフを描きたいというように分析のイメージをする。相関であれば、縦軸にこれ、横軸にこれを置いて散布図を描きたい、というようにグラフを想像してみると、どういう分析を行うのかがクリアに見えてきます。
関係する話として、分析に慣れていない方は、1問1問を分析しようとするんですね。ただ、分析のイメージを持つ際には、それ以外にも、概念同士や、属性と質問項目を突き合わせたりなど、複数の要素間の関係、つまり組み合わせを考える必要があります。
質問項目を作る際に起こりがちな失敗と対策
正木
今の1問1問を分析するという話で思い出したんですが、例えばエンゲージメントであれば、エンゲージメントの状態に関する回答しか得ていない、ということが起こりがちです。すると、なぜエンゲージメントが上がったのか/下がったのか検討しようとしても、それ以外の要因と組み合わせた分析ができません。ですので、その意味でも、1問1問ではなく複数の組み合わせをイメージする。エンゲージメントについて知りたいのであれば、それを高める/低める要因はなにかを念頭に置いて作っておくと、分析がしやすくなります。
伊達
そうですね。今の正木さんの話は、「成果指標と影響指標のどちらも取っておく」ということですね。成果指標は、その会社が到達したい良い状態、もしくは脱したい悪い状態のことで、例えばエンゲージメントを高めたい場合はエンゲージメントが成果指標となります。それに対して影響指標というのは、成果指標を促したり阻害したりする要因のことです。
正木さんが話されていた失敗の例は、成果指標だけを取っても、上がった/下がった、しか分からず、どうしようもないということですね。影響指標を取っておけば、「これに注力すれば成果指標を高めていくことができる」という示唆が得られます。影響指標を取っておく必要があります。他にもよく見られる失敗があればお願いします。
正木
一番よくあるのが、「この質問が一体何を指してるのかよく分からない」というものです。例えば、「きょう元気ですか」という質問があった場合、仕事にやりがいがあることで元気なのか、それとも体が元気なのか、それともメンタルなのか・・・など、様々な観点あります。仮説に照らして、この質問項目で一体何を聞きたいのかをはっきりさせた上で分かりやすい言葉で聞く必要があります。
もう一つ、アンケート調査で全部を聞こうとしなくてもいいのではないかと最近思っています。例えば、どのくらいコミュニケーションが取れているのかを知りたい場合、アンケート調査で聞かなくとも、コミュニケーションツールで交わされているチャットを定量化して分析するなども可能です。また、アンケート調査ではどうしても深いことや込み入ったことは聞ききれないので、そこに関しては定性的に情報を補うなど、いろんな方法を組み合わせてやっていくと良いでしょう。
伊達
その項目で一体何を測定したいのか、つまりどんな概念を捉えたいのかというのは重要な観点ですね。例えば、組織への愛着を捉えたくて「元気ですか」と聞いてるのか、本当に純粋に健康を知りたいのか。後者であれば、「元気ですか」と聞くより、何時に寝ましたかなどと聞いたほうがいいかもしれません。概念をはっきりさせた上で項目を作っていくと、ぶれが少なくなると考えられます。
よく見られる失敗について、私からも一つお話しします。内製している組織サーベイのデータを分析してほしいという依頼を受けたとき、質問項目の中に、「ダブルバーレル」と呼ばれる、一つの質問の中に二つ以上の意味を含んでいるケースがよく見られます。例えば、エンゲージメントを測定するときに、「生き生きと働いていて、辞めたくないですか」と尋ねたとします。この質問には、「生き生きと働いている」と「辞めたくない」、働きがいと定着意思の二つが含まれています。別に生き生きとは働いていないけど辞めたくない人の回答を捉えにくくなるといったことが起きうるので、「一つの質問では一つのことだけを聞く」ことを徹底しなければなりません。
その他の失敗として、組織サーベイをやると、いろんな課題が見えてきます。例えば50の課題が上がったとしましょう。そのうち対策が打てるのは2つだったら、残りの48個の課題はどうしようもないわけです。でも駄目だということだけは分かってしまい、ただ意気消沈する、というケースがあります。質問項目を考える際には、「対策が打てるかどうか」を検討していただきたいです。仮説を作る、質問項目を厳密に作るのも重要ですが、仮説が検証されたとして、打ち手はあるのか。自分たちの権限や予算、リソースで手を打てるのか。そうした観点も考えていただくといいかと思います。
答えてもらいやすい質問にするための工夫
伊達
4つ目のテーマは「答えやすい質問を作るにはどうすればいいか」です。正木さん、こちらについていかがでしょうか。
正木
まさにこれまでお話ししてきた内容のまとめになるかと思います。最も重要になるのは、何を測りたいのか、エンゲージメントであればエンゲージメントとは何かをきちんと理解することです。
2点目は、分析の仕方をイメージすることです。グラフにするとどうなるか、架空の数字でグラフを実際に作ってしまうぐらいやってもいいかもしれません。
3点目は言葉遣いに関してです。ダブルバーレルもしかり、難しいものを測ろうとするから難しい言葉になるのは仕方ない、とするのではなく、現場の方やそれぞれの企業で使いやすい、通じる言葉に置き換えた文言を使っていったほうが、うまく測れると思います。
あとは、全体に関わることとして、やはり答えやすい質問というのは1人で作ろうとすると限界があるので、できる限り違う視点を持っている方を巻き込まなければ難しいというのは強く感じるところです。
ただ、いろんな方を巻き込んでやっていると、ともすると「一体これで何が測りたかったのか」という、最初の概念レベルのところがぼやけてくるという問題が起こりかねません。例えば、人によっては「エンゲージメント」という言葉に対するイメージや課題意識が違ったりするので、自分たちが何を目指しているのか、エンゲージメントとはこういうもので、こういうことを捉えるために測りたいんだというイメージは常に何度も共有するようにしておかないと、それによって貴重な時間が無駄になることは多々あります。
伊達
私からは、他の観点からお話しします。アンケートの冒頭に書かれる、「これは何のためのアンケートです」「回答時間何分ぐらいです」といった文章や、アンケートの回答を依頼するときの文章も重要です。
回答時のバイアスを少しでも減らす必要があるからです。組織サーベイにおいて、とりわけ厄介なバイアスの一つは、評価懸念です。「この回答によって自分が評価されるのでは」と不安になったり、「ここに回答することで不利益があるのでは」と推測すると、質の高い回答は得られません。
これを可能な限り避けるため、アンケートの冒頭で、「こういう目的のために行うアンケートです」などと記載します。「働きがいを高めるためのアンケートです」「評価や異動には用いません」「不利益を被ることはありません」といった依頼文を書くことも重要です。
Q&A
Q.統計的な外れ値の扱いについて、効果的な使い方を教えてください
正木
どうしても統計分析って、全体の傾向を見るのには非常に長けているものの、特殊な事例を抽出するのには向いていません。外れ値は基本的には切り捨てる、という発想になってしまいがちです。だからこそ、定性分析をして、極端な回答をしていた人が他の質問にどう回答していたか、その数字を眺める。そして、この人は何者かというのを自分の中でイメージしてプロファイリングするといった方法を自分はよくとっています。
Q.定量の分析と定性の分析のうまい組み合わせ方はありますか
正木
定量調査と定性調査の組み合わせ方については、1回の調査の中で組み合わせるのは難しいので、定性調査で仮説を作り、定量調査で分析・検証する。それでよく分からない結果が出たときは、また定性調査をする、というように、ハイブリッドというより、速いスピードで反復するという感覚ですね。外れ値に関しても、外れ値に対応する分析と、外れ値を切り捨てた全体的な傾向を見に行く分析とを使い分けている感じです。
Q.回答の選択肢の個数はいくつぐらいが適切でしょうか
正木
実践的には4つくらいでやることが多いです。統計分析上は7つくらいあったほうがいいと言われたりもしますが、現実的に答え得る数でいくと4か5でしょう。それに加えて、偶数にしたほうが日本人向きだと思います。「どちらとも言えない」を入れてしまうと、そこに集中する傾向が日本人は強いと言われているためです。
伊達
パルスサーベイを行う際に4つの選択肢で聞いていくと、ほぼ差がつかず、得点のばらつきが小さくなる問題がありました。ばらつきが小さくなる質問については、回答の選択肢を増やしたり、同じ概念を複数の質問で聞いていくといった工夫が必要です。
Q.チームの状態と個人の状態を知る上で、質問項目の作り方の違いなどはありますか
正木
研究上も諸説あるのですが、個人の状態、例えば「元気ですか」と聞けば、個人として元気なのどうかはわかります。一方、チームの状態の場合、考え方が何パターンかあります。
例えば、チームが元気であるとはどういうことかについて、大まかに2パターンの考え方があります。1つ目は、「元気な人が集まっているチームが、元気なチームである」とする考え方です。この場合、個人の点数をチームごとに平均すれば、元気なチームかどうかが分かります。
2つ目は「チームのメンバーが、チームが元気と認識しているかによって判断する」という考え方です。この場合、チームのメンバー一人ひとりに対して、「あなたのチームは元気ですか」という聞き方をします。チームで平均値を取ると、その値はいわゆる共有信念や組織文化のようなものの程度を表します。このように、主語を「あなたは」ではなく、「あなたのチームは」「あなたの周りの人は」のような形にする方法もあります。
Q.先行研究で使われている尺度を用いるときに、それを会社の状況に応じて改変してもいいでしょうか
伊達
研究者に「改変してもいいですか」と聞くと、「できれば改変しないほうが良い」と答えるかもしれません。実務的には、それぞれの会社の実態に合った仮説や用語もあります。会社の文脈を踏まえた質問項目に作り変えていくということも、大事だと考えています。この点について、正木さんはどうですか。
正木
この点に関しては「わからない」という印象です。というのも、極端なケースを挙げると、国際比較調査の質問を使うときなどは、もともと英語で書かれていたものをバックトランスレーション(日本語に翻訳した後、再度英語に翻訳すること)し、原文と似た意味になるかをチェックするという作業を厳密に行います。ただ、それをやると、日本語で何を聞きたいのか意味が分からない質問が出来上がることがあります。
今のトレンドとしては、通じるか通じないかは分からなくても、なるべくそのまま直訳するというのが中心的なやり方ではあります。ただ、どうしても文化の違いが言語には反映されるので、原文の言語の文化的な背景を重視して訳したほうがいいのではという観点もあります。
私自身がやっているときは、ある程度、そのままで使えそうなものは使ってしまいますが、使えなさそうなものは聞けなくなるほうが問題なので、ある程度変えてしまってオリジナルにしています。
(了)