2021年12月3日
理想的なワークとライフの関係性とは?セグメンテーション・プリファレンスの視点から考える
2020年以降、新型コロナウイルス感染症への対策としてテレワークを行う企業が増えました。テレワークの中でも在宅勤務は、今まで私生活を過ごす場であった自宅に、仕事が持ち込まれた状況です。在宅勤務は、ワークライフバランスに影響を与えるのでしょうか。
興味深いことに、民間企業の調査によれば(※1)、テレワークは、ワークとライフにポジティブにもネガティブにも影響を与えます。具体的には、テレワーク環境下で「ワークの質やライフの質が向上した」という回答が一定割合ある一方、「ワークの質・ライフの質ともに低下した」という回答もほぼ同じ程度存在しているのです。
在宅勤務における、ワークとライフの関係性はどうあるべきなのでしょうか。この問題を考える際の手がかりとして、今回は学術研究における「セグメンテーション・プリファレンス」という概念を取り上げます。
セグメンテーション・プリファレンスとは
セグメンテーション・プリファレンス(Segmentation Preference)とは、「ワークとライフがお互いに分離されていることを、個人が好む程度」(※2)を指します。セグメンテーション・プリファレンスが高い人、つまりワークとライフをしっかり分けたい人は、例えば家では仕事のことを考えないようにします。一方で、セグメンテーション・プリファレンスが低い、ワークとライフにあまり境目を作りたくない人は、プライベートの時間でも仕事のことをよく考えたりする、などとされています(※3)。
セグメンテーション・プリファレンスという概念は、ユタ大学の研究者の論文(※2)が一つのきっかけとなり、よく用いられるようになりました。その研究では、セグメンテーション・プリファレンスと会社からの支援の一致度に注目しています。
好みと環境が一致していることによる効果
これまでの学術研究においては、セグメンテーション・プリファレンスと環境が一致している、すなわち、個人がワークとライフを分けたいという好みと、それを可能とするような会社としての制度の充実度合いがマッチしているほど、健康面など様々なポジティブな効果をもたらすことが明らかになっています(※2、4、5)。
業務時間外に仕事関連の連絡を受けたりすると、セグメンテーション・プリファレンスが高い従業員には悪影響があるものの、低い従業員は悪影響がないこともわかっています(※6)。これは、「ワークとライフをそこまで分けようと思わない」という個人の好みと、業務時間外の連絡という環境の特徴が一致した状態といえるでしょう。
自分にとっての“ちょうどいいバランス”を考えてみる
セグメンテーション・プリファレンスを用いた研究からわかるのは、「ワークとライフを分けた方がよい」あるいは「分けないほうがよい」と一概には言えないということです。どちらがよいのかは、本人の好み=セグメンテーション・プリファレンスを考慮する必要があります。
実は、政府によるワークライフバランスの定義にも、これに通じる点があります。内閣府男女共同参画会議の報告書では、ワークライフバランスとは「老若男女誰もが、仕事、家庭生活(中略)など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態」(※7)とされています。ワークライフバランスの問題を考える際に、本人の希望が重要になるということです。
まずは、従業員自身が自分の好みを理解し、続いて、会社としても個々の従業員の好みを把握した上で、それらの好みに基づいて、従業員に適切な仕事環境を提供すると良いでしょう。
※1:リクルートマネジメントソリューションズ「緊急的な導入で影響を受けるワーク・ライフ・バランスやマネジメントの改善方法も明らかに テレワーク実態調査結果を発表(後編)」https://www.recruit-ms.co.jp/press/pressrelease/detail/0000000303/
※2:Kreiner, G. E. (2006). Consequences of work‐home segmentation or integration: A person‐environment fit perspective. Journal of Organizational Behavior: The International Journal of Industrial, Occupational and Organizational Psychology and Behavior, 27(4), 485-507.
※3:Nippert-Eng, C. (1996, September). Calendars and keys: The classification of “home” and “work”. In Sociological Forum (Vol. 11, No. 3, pp. 563-582). Kluwer Academic Publishers-Plenum Publishers.
※4:Edwards, J. R., & Rothbard, N. P. (1999). Work and family stress and well-being: An examination of person-environment fit in the work and family domains. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 77(2), 85-129.
※5:ただしKreiner(※2)の研究では、ワークとライフを分けるような制度・仕組みを組織が充実させるほど、例えば仕事のやりすぎで私生活が損なわれるといったこと自体は直線的に減ることもわかっています。このような結果が同時に生まれている点は押さえておくべきでしょう。
※6:Thörel, E., Pauls, N., & Göritz, A. S. (2020). Are the effects of work-related extended availability the same for everyone?. Revista de Psicología del Trabajo y de las Organizaciones, 36(2), 147-156.
※7:男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会「「ワーク・ライフ・バランス」推進の基本的方向報告~ 多様性を尊重し仕事と生活が好循環を生む社会に向けて~」
https://www.gender.go.jp/kaigi/danjo_kaigi/siryo/pdf/ka27-9.pdf(2021年11月25日閲覧)
著者
小田切岳士
同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。