2020年12月23日
「筋の良い」データ分析を行うためのポイント(人事のためのデータ分析 対談レポート)
ビジネスリサーチラボは、2020年9月に対談公開収録「人事のためのデータ分析・活用のポイント」を開催しました。統計分析を活用した組織サーベイや人事データ分析を多数手掛ける伊達洋駆(ビジネスリサーチラボ代表取締役)・正木郁太郎(同テクニカルフェロー)が、人事部門でデータ分析を行う際のポイントについて対談しました。今回は後編のレポートです。
※前編はこちら
登壇者
伊達 洋駆
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。共著に『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)や『「最高の人材」が入社する 採用の絶対ルール』(ナツメ社)など。
正木 郁太郎
2017年東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学)。2020年現在、同研究科研究員として在籍。人事・組織に関する研究やHRTech、さらに中等教育などの領域で、民間企業からの業務委託や、アドバイザーなどを複数兼務。組織のダイバーシティに関する研究を中心として、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、企業や学校現場の問題関心と学術研究の橋渡しとなることを目指している。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会)がある。
分析テーマを設定する方法
伊達:
分析テーマ(統計分析をして一体何をするのか)の設定を間違うと、右往左往して対策が打てないことになりかねません。どうすればうまくいくか、伺えればと思います。
正木:
経験上、三つあります。一点目が、最初に何らかの理論や仮説をしっかり作ってから、データの分析に入るケース。先ほどの伊達さんの例でいけば、「仕事を自律的に進められる人はエンゲージメントが高いのではないか」という仮説を持って、データをピンポイントで取りに行き、しっかり分析をする。しかし、これだと背後にどうしても、そもそもエンゲージメントって何だろうとか、心理学的・経営学の知識が必要になります。
研究者が研究するときのスタイルとしては王道ですが、個人的には、次に紹介する二点目の方法を人事の方にお勧めしています。それは、そもそも何に困っているのかという点を振り返り、分析を始める方法です。例えば先ほどのエンゲージメントというお話でいけば、本当に関心があるものは、会社が好きか嫌いかではなく、「仕事に対して何を求めているのか」という価値観の問題かもしれない。
言葉自体や理論にあまり惑わされずに、今、何に困っているのかを大事にする。冒頭で紹介のあった「人事異動のプロジェクト」も、実は理論が出発点ではありませんでした。ではどうしてそのプロジェクトがスタートしたのかというと、一番はやはり「異動をどうにかしていきたい」「異動を機に活躍する方を増やしたい」、こうした強烈な問題意識があったからこそです。理論や仮説ありきというアプローチもあるものの、それよりは何を解決したいのかというアプローチの方が、現場の方にとっては大事だと思います。
三点目は、一瞬で終わりますが、手元にデータが大量にそろっていること。取りあえず手元の膨大なデータを分析してみよう、ということもあり得ます。
伊達:
3つ目が最も難しいパターンですね。
正木:
難易度が凄まじく高いので、あまりお勧めはしない方法ですね。さらに、人事データは非常にややこしい。「部署」という単位の中に「人」が含まれる二重構造になっている。しかも10年分ある。それが数字のデータであればいいものの、テキストのデータもある。そうなると、専門家でも分析に苦戦します。もちろん「データありき」もテーマの決め方としてはありだと思うものの、慣れた方向けの方法ですね。
以上をまとめると、理論や仮説スタートになるもの、課題意識・課題解決がスタートになるもの、データの物量でスタートするもの。この三点が多い印象です。
伊達:
ありがとうございます。私なりの考えとすり合わせて整理してみましょう。まず、入り口は現場の課題感から始まる必要があると思います。「○○に問題意識を持っている」とか、「△△を目指していきたい」とか。
現場の課題感を明確化していれば、研究知見は活きますね。妥当な研究を調べることができ、研究に振り回されることもありません。例えば、人事異動のプロジェクトでも担当者と議論し、しっかりと課題感を共有した状態で、異文化適応や集団規範の研究を参照した覚えがあります。
更に、課題感と研究知見が整理できていれば、筋の良いデータが見えてきやすくなります。このように、実務的な課題感から始まり、学術研究を経由して、データを特定していくような流れで分析テーマを定めていくと良いのではないでしょうか。
有用な示唆を出せるデータの取り方・探し方
伊達:
これが対談の最後のトピックです。データ分析をするからには有用な示唆を得たいわけです。そのために、どのようにデータを取ったり探したりすればいいのでしょうか。
正木:
端的にお伝えすると、取り組みたいテーマに対して、それを端的に分かりやすく表す指標を使う。そこに尽きる気がします。人事異動の話であれば、どの部署からどの部署に異動したかのデータがあれば、この段階はクリア。そのうえで、異動の目的が何か、こうしていきたい、こうなってほしくはない、という状態をシンプルに表す指標が何かを探していく。足りないものは取っていく。
データの取り方は二つあります。一つは、既存のデータベースの人事データを使うことです。二つめは、足りない部分を質問紙調査、サーベイで賄っていくことです。サーベイは手間がかかりますし、質問設計もテクニカルで難しさはありますが、聞こうと思ったことをシンプルに聞けます。
それ以外のデータの取り方として、「何かに参加した」などの行動のデータを取るのというのもあります。例えば、任意参加の「会社のイベント」に参加しているかをデータとして使う。会社への愛着があれば参加するだろうと推測しやすいようなイベントであれば、これもきちんとデータとして利用できます。サーベイの回答は自己申告ですが、行動の客観的な指標をとるのも、あながち悪くないと思います。
伊達:
多面的にデータを収集していくことで、示唆が得られやすくなりますよね。有益な示唆を導くために、エビデンス・ベースド・マネジメント(Evidence-based Management)という考え方が参考になります。信頼できる情報で意思決定を行うのがエビデンス・ベースド・マネジメントです。
エビデンス・ベースド・マネジメントの議論の中では、信頼できる情報の例として、次の4つが挙げられています。(1)現場の情報。今回で言えばアンケートや人事データです。(2)専門知。いわゆる持論や経験則です。(3)学術的な知見。それから、(4)利害関係者の視点。これらの情報のうち、特に(2)(3)(4)を参照すると、必要なデータが何かを考えやすくなります。
例えば、離職の要因を特定して定着支援をしたいとします。まずは(2)専門知から考えてみましょう。持論で良いので、「うちの会社の従業員は何故辞めるのか」を考えてみる。次に、(3)学術的な知見を調べます。離職に関する研究では、何が離職の要因として検証されているのか。それから、(4)利害関係者の視点。経営者や現場の従業員の話を聞きに行ってみる。そのような流れで、とるべきデータを考えます。
正木:
冒頭の異動のプロジェクトでは、これがうまく分業できていました。先方は強い問題意識があり、現場の事情に詳しい方。一方で、僕らは外部の人間なので、現場の事情はそこまで詳しくは知りません。ただし、色々な研究の知識や分析の方法、データの取り方に関しては知識がある。
双方で補って協力ができたので、お互いに先ほどの四つの要素においてうまく分業できました。必ずしも1人や一つの同じ会社だけで完結させなければいけない話ではないと思いました。
Q&A
Q. 小中高と大学生がごっちゃに混ざっている班でかけっこの速さの平均を取ってもあまり意味がないと思います。大学1、2年生だけに絞って初めて意味があるのではないでしょうか。 |
正木:
たしかに、そういったシンプルなデータの取り方にしてしまうのも方法の一つです。例えば、大学生だけ、男性だけ、などのデータにすることで、分析結果も分かりやすくなります。
とはいえ、人事の方がお持ちのデータはそうした構造になっていることが少ないです。特に男性だけに何かのデータを取るなどは、場合によって差別とも受け止められるので、なかなかできない。そのため、現実には「ごっちゃに混ざったデータ」であることが多いです。先ほどのかけっこの例でいけば、小中高大学生がごちゃ混ぜになっているデータを使わなければいけません。
ただ、こうした場合にも、走った人が小学生か中学生か、それが別途分かっていれば、問題は解決可能です。走った時間と、属性(学年など)の組み合わせさえ持っておけば、統計分析で、「小学生だけに絞ったときに差があるのか」などの分析ができるようになります。
話をまとめると、特徴の異なる人が混ざっているリスクがある場合にも、混ざっていることが問題になりそうな特徴は取りあえずデータとして持っておくことが重要です。
伊達:
大事な点ですね。「人事データを分析してほしい」という相談を受けた際に、データの中身を見てみると、データ同士が照合できないケースがあります。そうしたケースでは、データを組み合わせて分析することができません。これはとても勿体ないことですね。日頃から相互に突合できるように意識しておくのが良いでしょう。
Q. データは時代の影響を受けることもあると思いますが、経年比較しないと意味が分からないこともありますか? |
正木:
経年比較しないと意味が分からないケースも結構あります。特に会社の中だと、例えば社長が交代した、買収された、扱っている事業が変わったといったように、組織のあり方が変わってくる場面もあります。節目節目で大きな変化があり、それに応じてどう変わったかなどを見たい場合には、厳密には経年比較が必要になります。
また、個人を単位しても、ライフステージによっていろんな影響を受けるなど、経年比較が必要なことがあります。そのため、組織レベルにしろ、個人レベルにしろ、細かく見ていったほうが厳密にはいいと思います。
まずは経年比較なしで分析に挑戦してみることも、第1段階では良いと思います。とはいえ、厳密に分析をするのであれば、第2段階も必要です。それが、組織の創業年数の影響や、個人の年齢の影響のような、経年変化に関わる要素も加えた分析です。最初から高度なことを無理にやろうとせずに、現実的にはその2段階でやっていくのが良いですね。
Q. 採用基準を明確化していこうと考えて、採用評価を集計し分析して見ていますが、毎年データを見ても明確な結果が出てこず、使えない結果となっていました |
伊達:
これは採用に限定される悩みではないはずです。大事になるのは仮説の精度です。データ分析においては、基本的には先に仮説を立て、それをデータ分析で検証するという考え方で臨みます。しかし、この際の仮説がそもそも立てられていなかったり、立てられていても不十分なものだったりすると、有益な結果は得られません。
仮説の精度を高めるためにはどうすれば良いか。一つのヒントは先ほど紹介したエビデンス・ベースド・マネジメントにあります。4つの情報をもとに仮説を考えると、仮説の精度を高めることができます。
以上、駆け足ではありましたが、公開対談を終わります。最後まで聞いていただき、ありがとうございました。
(了)