2020年3月25日
『人と組織のマネジメントバイアス』の「あとがき」を公開
https://www.amazon.co.jp/dp/4802612354/
同書は人と組織に関する常識を揺さぶる研究知見を実践的なソリューションを挙げつつ紹介するものです。以下、伊達の執筆した「あとがき」となります。
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私が組織論や行動科学を含む「経営学」という学問に本格的に触れるようになったのは、大学院に進学してからです。当時、「経営学は実践性を重んじる学問」という教科書の記述を真に受けていた私は、大学院に入り、目の前に広がる現実に驚きました。
実践性を重んじているにしては、企業を調査する機会がほとんどないと感じたからです。大学院生の同期や先輩は、たとえば企業に就職した同年代の知人・友人に頼み込んだり、(あまり多くはない)指導教員の調査に自作の質問項目をわずかに混ぜてもらったりして、ようやく企業を調査する機会を得ていたのです。
経営学の知識がどれほどビジネス界に普及しているかを調べた研究によれば、日本のビジネスパーソンが研究知にほとんど触れていないことも明らかになっています。もちろん、この原因を、研究者、実務家の一方に求めるのは拙速でしょう。学術界は、研究知を実務家にわかりやすく伝える努力を十分にしてこなかったのかもしれない。産業界も、実務を進める上で研究の知識を積極的に活用してこなかったのかもしれません。
私は、この経営学と企業実践の間に横たわる「溝」に問題意識を持ち、博士後期課程に進学したタイミングで、研究と実務を架橋すべくビジネスリサーチラボという組織を立ち上げました。以降、研究知と実践知の両方を融合する「アカデミックリサーチ」というコンセプトの下、人と組織のマネジメント領域において、人事データを分析するピープルアナリティクスや、従業員の現状を把握するエンゲージメントサーベイといったサービスを提供しています。
企業などへのサービス提供を通じて、実務の文脈を踏まえた形での研究知を自分なりに届けてきたつもりですが、ビジネスリサーチラボは大規模に事業を展開する組織ではなく、草の根で少しずつ研究知を広げてきたに過ぎません。
もっと多くのビジネスパーソンに、マネジメント領域における研究知を、実務上の事例と併せて提供することで、産学に横たわる溝を少しでも橋渡ししたい。こうした想いから生まれたのが本書です。この野心的な試みに対しては、産業界で学術界をウォッチし続けてきた人材研究所の曽和利光さん、学術界から産業界にやってきた私という体制で臨みました。
本書の作成にあたり、私たちは本書の類書を探しましたが、見当たりませんでした。その理由は、(これは執筆を開始してから強烈に痛感したのですが)本書のようなコンセプトの本を作成するのはとにかく難しいことにあります。
研究だけを、あるいは実務だけを紹介するのであれば、正直もっと簡単だったと思います。しかし、研究と実務の両者を、それぞれの本質を傷つけない形で結び付けるのは、極めて難易度の高い作業でした。いまとなっては、類書があまり存在していないのもうなずけます。
経営学では、学術研究が企業実務から離れているという現実を背景に、「学問的厳密性」(リガー)と「実践的有用性」(レリバンス)との間の葛藤を表す「RR問題」なるものが提起されています。厳密性を求めると有用性が下がり、有用性を高めようとすると厳密性が低下してしまう。そのような問題です。研究と実務を織り交ぜて一冊の本にしようとする私たちは、まさにRR問題のように、厳密性と有用性の板挟みになり続けました。
私たちの試みがどれほど成功したのか、RR問題とうまく折り合いをつけられたか(すなわち、本書が意義あるものか)は、読者の皆様のご判断に委ねるほかありませんが、私たちなりに全力でこの試みに向き合うことができたのは、人材研究所の安藤健さんをはじめとする著者それぞれを取り巻く方々の温かい支援があったからです。特にRR問題の渦中で私たちと一緒に奮戦していただいた、編集者の中村理さんには心より感謝申し上げる次第です。
本書は、研究と実務をつなごうとする一歩ですが、さらに歩みを進めるには、読者の皆様が本書を活用して、目の前の課題に取り組んでいただくことが不可欠となります。本書が皆様のどのような歩みを可能にするか、著者としては楽しみでなりませんし、苦戦する課題が少しでも緩和されるとすれば、これ以上の喜びはありません。
株式会社ビジネスリサーチラボ
代表取締役 伊達洋駆