2018年8月20日
強い文化とプロフェッショナル達の漂流 ~ダイバーシティ調査から見えてきたもの~
プロジェクトの概要
今回は、C社のダイバーシティプロジェクトの事例を紹介します。
長期に渡るプロジェクトであったため、問題発見からソリューションの展開までの全容を紹介するには限りがあります。本稿では、C社においてどのような問題が抽出されたのかについて紹介し、その問題の構造から得られる示唆について提示します。
C社のプロジェクト概要
C社は、高度専門職と言われるような業態に分類される大規模組織です。
例えば、企業合併の仲介役や巨額の資金調達の財務アドバイザーなどのような業務をイメージしていただくと良いかもしれません。莫大な資金が動くプロジェクトに従事し、高い専門性と並々ならぬ尽力で案件を成功に導き、多くの収入を得る、いわゆる高度プロフェッショナルな人材達がビジネスを展開する組織です。
そのC社では、女性従業員の活用をさらに促進するために、現状の従業員のキャリア観に関する調査が企画されました。
果たして、女性社員は自らのキャリアをどのように捉えているのか。
現在提示している施策は効果的に運用されていると言えるのか。
このような問題意識から調査企画はスタートしました。
調査においては、ビジネスリサーチラボが主体となり、C社の重視する事項を中心にリサーチプランを設計しました。その後、半年間の調査を全社的に展開し、定量調査とインタビュー調査をそれぞれ行っていきました。
また、調査の合間にC社のプロジェクトチームと共に課題想定・仮説構築を進め、調査結果を読み解きながらC社が抱える問題を特定しました。
C社における「企業内人材ギャップ」
質的調査及び量的調査の結果を分析していく中で、C社のプロジェクトチームをもっとも悩ませたのは「企業内人材ギャップ」の問題でした。
調査実施前、C社の人事チームでは、「自社のプロフェッショナルたちは、自らの成長やクライアントへの貢献、あるいは昇進昇格を目指して業務に従事しているだろう」という所感を持っていました。しかし、調査結果は異なるものだったのです。
従業員の志向や価値観、キャリア観に関するデータを分析していくとC社の社員には、大別して以下の4タイプの傾向があることが分かりました。
【タイプ1】<バランサー>
:組織やプロジェクトに対するコミットメントが高く、ライフキャリアへの関心も高い人材群。ビジネスキャリアを高めるための尽力をしつつ、ライフキャリアとのバランスも考慮する。
【タイプ2】<ハードワーカー>
:組織やプロジェクトに対するコミットメントが高いが、ライフキャリアへの関心は希薄である人材群。ビジネスキャリアを重視し、昇進昇格とスキルアップへ強い熱意を持つ。
【タイプ3】<ぶら下がり>
:組織やプロジェクトに対するコミットメントが低く、ライフキャリアへの関心が高い人材群。ビジネスキャリアよりも、ライフキャリアやプライベートの充実をはかるため昇進昇格意欲は低い。
【タイプ4】<無気力>
:組織やプロジェクトに対するコミットメントが低く、ライフキャリアへの関心も低い人材群。昇進昇格意欲は低く、離職意識が高い水準にある。
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C社はプロフェッショナルの集まる組織です。そのため、<バランサー>や<ハードワーカー>といったアグレッシブな人材の比率が大きいと考えられたのですが、実際は<ぶら下がり>や<無気力>も少なくはない割合で存在していることが確認されました。
さらに、これらの4分類に関して以下の特徴も見出されました。
- これらの4分類において、明確な性差は見られず、各タイプで男女共に均等割合存在する。
- <バランサー>は管理職に多い傾向にある。
- <ハードワーカー>は20代を中心に多い傾向にある。
- <ぶら下がり>は30代を中心に多く見られる。
- <無気力>は20代前半と30代後半に見られる。
- <ぶら下がり><無気力>層の離職意図は比較的高く、3年以内にこの層の半数の離脱が想定される。
「企業内人材ギャップ」はどのようにして生まれたのか
これらの人材タイプの差異はどのようにして生まれたのでしょうか。
全ての調査結果を踏まえて、ビジネスリサーチラボより仮説的に要因を分析しました。その要因として挙げられたものを幾つか紹介します。
①採用のミスマッチ
<無気力>が一定割合存在する要因として、採用戦略の進め方がありました。つまり、適切でない採用を進めたことにより、<無気力>層が増えてしまったという仮説です。
ここ数年、C社ではグローバルビジネスの拡大によって従来よりも多くの人材が必要になり、採用数を増やしていたという背景がありました。その際に、採用の広報的側面を強化し、安定的なキャリアを形成できる土壌であることを強調して広報を展開していたのでした。
結果として、現状の組織を適切に把握できずに入社した層が、リアリティショックを感じ、その能力を充分に発揮できぬままに<無気力>になっていくメカニズムが想定されました。
②「強い文化」による抑圧
インタビュー調査を展開したことによって、見えてきたのが「強い文化」に関する内容です。プロフェッショナリズムを駆り立てる「強い文化」と、それによって疲弊していく社員達の姿でした。
彼らのコメントを要約したのが、下記の内容です。
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・プロフェッショナルであるならば(或いはC社の社員であるならば)、「リミット」を目指し続けなければならない。顧客の期待を上回るパフォーマンスを発揮し、常に自らを高めていくことが求められる。
・評価水準は高く、社内の競争も熾烈である。少しでも手を緩めれば上へ行く道のりはさらに険しくなっていく。C社の社員として、常に最大限のパフォーマンスを発揮しなければならない。
・常に仕事のことを考え、土日は自己学習に充てる生活を送っている。20代の頃はそれで良かったが、最近は身体的にも精神的にも疲弊してきている。
・将来に対する不安もあり、私生活に充てる時間も必要となってきている。その中で、常に組織やプロジェクトにコミットしていくことが正解とは思えなくなってきている。昇進昇格は「リアル」とは思えない。現実味がない。
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プロフェッショナルであることを徹底するC社の文化は、社員の士気を高め、ビジネスキャリアの伸長へと駆り立てる一方で、
個人のライフキャリアに対する不安感を増大させ、ワークライフコンフリクト(仕事の役割と個人生活の役割の両立が難しい状態)を引き起こしていると考えられました。
③実効性のないセルフマネジメントの推奨
C社では労働時間の管理や、自らの成長に資するためのチャレンジなどを自己裁量で進めることを求められていました。組織としては自分で判断して休みをとったり、勉強をすることを推奨する姿勢だったのです。
しかし、この方針は現場にうまく浸透していませんでした。
先述の「強い文化」の影響力が強すぎるためと考えられました。
会社はスローガンとして休暇を推奨したり、ワークライフバランスの充実をアナウンスするものの、現場の「正義」は顧客至上主義・成長至上主義とも言えるストイックなスタンスにありました。
自分でストイックさを緩めようとしたり、休暇を取ろうとすると、プロフェッショナルとしての「正義」に背くのではないか?という負い目を感じたり、周囲から冷たい視線を浴びたり、レッテルを貼られるのではないかと不安を感じる社員もいることが調査から分かりました。
その結果、組織が推進していた「セルフマネジメント」は効力を失っており、現場の「常識」は、ある程度の位置付けを獲得した管理職にならなければ、ワークライフバランスを成立させられないものになっているのではないかと考えられました。
④外部環境の変化
また、近年、多くのリサーチファームが提示するデータを見れば分かるように、
個人のキャリアを重視する時代になったという外部環境の変化も考えられました。
ダイバーシティや働き方改革など、自らのライフキャリアと整合する働き方を選択することが妥当であるという社会的な潮流も出てきています。
そのような変化は、俗世間のキャリア観とは隔絶されていると思われたC社にも影響を与え、若年層のキャリア観も大きく変化させていると考えられました。
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これらの①から④の要因が重なり、C社の中で<ぶら下がり>や<無気力>が生まれて来たのではないか。私たちはそのような考察をもとに、C社へとソリューションを提言していったのでした。
アフタートーク
強い文化の副作用
ここまでC社におけるプロジェクトの一部を記してきました。C社の人材像の4分類と、どの様にして人材像の分化が生まれたのかについての要因仮説を幾つか紹介しました。
以下では、「アフタートーク」として、このプロジェクトを振り返り、その難しさと示唆について記述していきます。
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このプロジェクトにおいて、私たちが最も悩んだポイントは「強い文化」をどのように解釈すべきかというものです。
「強い文化」という概念は既に幾多の研究の蓄積があります。
組織文化論の領域においては、本田技研の『Way』やトヨタ自動車の『カイゼン』に表されるとおり、「強ければ強いほど良い」とされていました。一枚岩的な結束を持つことで、業績に資する効果を生み出すという研究結果も数多く残されています。
実際に、C社においてもこの強い文化は市場での勝利を獲得するための「武器」となっていました。他の組織よりもストイックに価値にこだわる姿勢を促すことで、顧客からの信頼獲得と、他社に対する競争優位の礎として機能してきたことがプロジェクトを通して強く伝わってきました。
しかし、その一方でその強い文化によって、長期的には組織の存続を揺るがすようなインシデントも生まれ始めていたという点が今回のプロジェクトの難しさでした。ビジネスにおける「武器」が、組織の人的資源を徐々に分解させ、組織力を弱めていたのです。
長い歴史のなかで守り続けられてきた強い文化と、それに順ずる伝統的なビジネスモデルや制度基盤を守るべきか。それとも、今後の人材不足やキャリアの多様化の流れを見据えて、大きな変化に乗り出すべきか。
完全なる二律背反の構造ではないものの、異なる価値観に基づくものであるために、完全なる共立・共生は成立しないことが考えられました。
従来の文化を尊重し、組織の根幹に据え続けるならば、
今までとおり、ビジネスにおいてトップランナーの位置づけを維持し、他社を上回る価値を創造することができるというメリットが想定されます。しかし、その文化のなかでサバイバルできる人材を採用し、育成する必要があります。人材に関わるコストが飛躍的に増加すると考えられました。さらに、人材確保の難しくなる労働市場において、そのコストは高まり続けるであろうことも容易に想像がつきました。
従来の文化を薄め、個人のキャリアを尊重するシステムを強化するならば、
人材の多様性は増し、人材確保に関わるコストや全社的な離脱リスクを減らすことが可能になるというメリットが考えられます。しかし、その代償として、従来の文化の中で適応していたハイパフォーマーが離脱するリスクやコミットメントが停滞するリスクが考えられました。さらにビジネスにおいては、ハイパフォーマーの献身により成立していた案件の遂行が難しくなり、ビジネス単価が減少するリスクも想定されました。
いずれの選択肢も安易に選び取ることは難しく、どちらを選んだとしてもデメリットは生まれるのでしょう。
「強い文化」をこれからどうするのか?
C社では自社の「武器」を徐々に見直し始めています。
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「強い文化」は多くの成功事例を生み出してきました。
誰もが名を知るエクセレントカンパニーの多くが、「強い文化」を掲げ、社員はそれを自身の根底に据え、高いパフォーマンスを発揮してきました。
そして、私たちは成功企業のコアとしてそれを認識してきました。
しかし、時代も移り変わり、企業内キャリアの魅力が色褪せ、個人のライフキャリアへの配慮が重視される現在。「強い文化」は果たしてどのような位置づけに据えられているのでしょうか。
個人の時代と言われる現在において、組織と個人をめぐるコンフリクトは様々な領域で発生しています。個人の行動に影響を及ぼす組織文化もまた、個人と組織の間で整合性を保つことが難しくなっているケースも散見されます。
これからの時代、組織文化はどのようなものであるべきなのでしょうか。
過去から脈々と継承され、組織の根底に据えられてきた組織文化が、問題を生んでいる場合、私たちはそれに対してどのような処置をすべきなのでしょうか。
改めて、自社の文化と向き合う重要性を提示しつつ、本稿を締めたいと思います。