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コラム

(2)「測定できること」がもたらす光と影:働く人のエンゲージメント ビジネスリサーチラボセミナー報告

コラム

第1部 ワークエンゲージメントの現状

(1)実は幾つか存在する「エンゲージメント」の種類はこちら

②尺度が開発されている「特性ワークエンゲージメント」

ここまで状態ワークエンゲージメントに焦点を合わせて話してきました。今度は特性ワークエンゲージメントに移りましょう。先ほど言った通り、特性ワークエンゲージメントには一定の研究蓄積があります。

特性ワークエンゲージメントには「測定尺度」があります。そのことが研究推進の主要な原動力になっていると考えられます。オランダのユトレヒト大学で開発された「ユトレヒト・ワークエンゲージメント尺度」が「ワークエンゲージメントを測定するツール」として機能しています。

実は、このユトレヒト・ワークエンゲージメント尺度が「活力・熱意・没頭」という3つの要素から構成されているんですね。ワークエンゲージメントの定義を話した際に、この3要素について触れたことを思い出していただければと思います。

この尺度は信頼性・妥当性が既に検証されています。他の概念とは区別できることも実証されています。例えば、ジョブインボルブメント(職務への関与)や、先出の組織コミットメント(組織への愛着)とワークエンゲージメントは、統計的に区別できることが検証されています。

こうした検証作業は学術界においては重要な意味を持ちます。というのも、この検証を経ることで、ワークエンゲージメントの研究者は「ワークエンゲージメントは他とは異なる新しい概念として研究していくに値する」と主張できるからです。他の概念と区別できないなら、既存の概念を使用した方が研究蓄積がある分、効率的かつ効果的です。

なお、この時点でひとつ指摘する価値のあることがあります。特性・状態ワークエンゲージメントの定義においても尺度においても、組織との関係性に関しては触れられていない。すなわち、ワークエンゲージメントとは基本的には「個人と仕事の関係」に関する概念だということです。

尺度ができることには長所と短所がある

特性ワークエンゲージメントには測定尺度があると言いました。測定尺度について少し掘り下げてみましょう。測定尺度とは「ある心理的傾向を可視化するツール」と考えて下さい。ある測定したい概念、例えば、ワークエンゲージメントを測定するための質問項目のセットが尺度です。

尺度開発には学術的な基準と形式があります。それらを守りつつ質問項目を練り上げていく。だから皆さん、エンゲージメントに限らず、サーベイの営業が自社に来たら是非聞いてみていただきたい。「御社のサーベイの尺度はどんなプロセスで開発しましたか」と。明確に回答できない場合、そのサーベイは危険です。

さて、測定尺度ができると万事が上手くいくわけではありません。測定尺度が生まれることには良い面とそうではない面があります。ユトレヒト・ワークエンゲージメント尺度ができた後、学術界はどうなったのか。

尺度ができる長所は、研究の蓄積が進む点にあります。尺度があれば、エンゲージメントを数値で把握できます。更に同じ尺度を使えば、研究同士を比較しやすく、自分の研究を差別化しやすくなる。結果、論文も掲載されやすくなり、研究が駆動していくわけです。

他方で限界もあります。尺度は特定の範囲を測定するものです。だから、その範囲外のことは測定していない。ワークエンゲージメントは比較的新しい概念ですが、早い段階で尺度が開発されているのが特徴的です。もしかすると、尺度の外にワークエンゲージメントの重要な側面が眠っている可能性もあります。

このことの実践的な意味は大きいのではないか。サーベイでエンゲージメントを測定すると、エンゲージメントが数値化できます。それは良いことかもしれません。しかし、数値化されない範囲のことが無かったことになってしまうとリスキーです。

ワークエンゲージメントに関する先行研究

さて、尺度ができると研究が蓄積されていくという話でした。特性ワークエンゲージメントを巡って、どんな研究が行われてきたのでしょうか。大きく分けると三つの方向性がありました。

  • まず、ワークエンゲージメントの効果に関する研究。「ワークエンゲージメントが高いと何がいいのか」という効果を明らかにする研究が行われました。
  • 次に、「何があればワークエンゲージメントが高まるのか」という先行要因を明らかにする研究。
  • 最後に、ワークエンゲージメントの効果と先行要因を統合するモデルと、そのモデルに基づく実証研究。

ワークエンゲージメントが測定できるようになったため、総じて、他の概念とどんな関係にあるのかを検証する研究が進んでいったということです。それでは、これらの研究をかいつまんで紹介したいと思います 。

ワークエンゲージメントの効果

まず、効果に関する研究です。非常に多くの効果が見出されました。一部を取り上げてみましょう。ワークエンゲージメントが高いと離職意図が下がる。自己・上司・同僚評価も高まる。組織コミットメントが高くなる。

あるいは仕事だけではなく、生活満足度も高まるという研究もあります。極めつけは、チームのワークエンゲージメントが高いと職場の風土が良くなり、チームのパフォーマンスが上がって、顧客のロイヤリティが上がるという研究も。

いまざっと挙げたものは一例です。他にもたくさんの概念がワークエンゲージメントの効果として検証されてきました。

これらの研究は、産業界においては、エンゲージメントという概念の有用性を根拠づける証拠として用いられていきます。「エンゲージメントには様々な効果があり、注目するに値する概念です。当社のエンゲージメント商品を買ってみませんか」という形で、営業ツールに盛り込まれるケースもあります。

ワークエンゲージメントの先行要因

今度は、何が高まればワークエンゲージメントが高まるのかという、先行要因に目を移しましょう。先行要因は更にたくさん検討されています。幾つかピックアップしましょう。

同僚との交流があるほうがワークエンゲージメントは高い。上司からのサポート、就業条件、キャリア開発の機会、役割の明確化がプラスだとエンゲージメントが高い。このような調子で、実に多様な先行要因が検証されてきています。

こうした先行要因のことを、ワークエンゲージメントの研究においては「資源」と呼んでいます。ここにおける資源とは産業心理学における用法であり、平たくいえば、「個人が活用でき、個人を支援するもの」のことです。経営学における資源とは違う用法ですね。経営学で資源と言うと、組織が活用するものを指す傾向があるように感じます。

ところで、経営学の中には「組織行動論」という分野があります。組織の中の人の行動や心理を研究している分野です。例えば、モチベーション、組織コミットメント、リーダーシップ、キャリアといった研究テーマが挙げられます。

実は、組織行動論で重要だと言われている事柄が、ワークエンゲージメントの先行要因として並んでいる。私にはそんな感覚があります。どこか既視感があるんですね。これまで「モチベーション上げるために重要だ」「組織コミットメントを上げるために重要だよね」と言われていたものが、ワークエンゲージメントの先行要因として挙がっています。

これは私の感覚に依るところが大きいのですが、「ワークエンゲージメントだからこその要因」もしくは「初めて見た要因」がなかなか見当たりません。先行要因のリストを作成する際、新規性のある要因が多数出てきている印象は得られませんでした。この点については、後ほど再び触れたいと思います。

仕事要求-資源モデル

ここまでワークエンゲージメントの効果と先行要因を説明してきました。続いて、ワークエンゲージメント研究において有名なモデルを紹介しましょう。「仕事要求-資源モデル(JD-Rモデル)」というモデルです。

仕事要求-資源モデルは2つのプロセスから構成されています。一つは、仕事資源がワークエンゲージメントを高める動機付けプロセス。仕事資源とは先ほどの先行要因を広く指します。ポジティブな結果とは、こちらも先ほどの効果のことですね。

もう一つのプロセスは仕事要求がバーンアウトに繋がるエネルギープロセスです。仕事要求とは、難易度や負荷量等、その仕事を進める上で求められる性質を意味します。これが高いとバーンアウトの可能性も高い。バーンアウトすると、抑うつや離職等のネガティブな結果がもたらされます。

動機づけプロセスとエネルギープロセスがワークエンゲージメントを巡って起きており、これらの2つのプロセスを統合的に理解しようとするのが、仕事要求-資源モデルです。

仕事要求-資源モデルの中でしばしば強調される点があります。仕事要求が高いとバーンアウトしてしまうが、仕事資源があれば、その傾向を抑制できるという点です。個人が資源を手にしていれば、要求度の高い仕事環境でもバーンアウトせずに働いていけるということです。

仕事要求-資源モデルには、昨今の組織に対する実践的な含意があります。市場における競争の程度が増す中で、更には、労働時間を減らしつつも成果は減らせない働き方改革の進む中で、ややもすれば、バーンアウトが起こる恐れがある。これらは仕事要求が高まっている状態と捉えられ、仕事要求-資源モデルによれば、仕事要求が高まるとバーンアウトが起きるからです。

ただし、仕事資源があればその辛い状況を緩和し得る。仕事資源が整っていれば、動機づけプロセスを駆動させることもできる。ワークエンゲージメントを高められます。仕事資源の整備は日本の企業において今まで以上に重要になってきていると言えるでしょう。

そのような問題を踏まえて、産業界では、組織における資源の状況を可視化するアプローチもワークエンゲージメントの文脈の中で出てきています。例えば、多種多様な資源が今、自社では十分に整っているのかを網羅的に確認できるサーベイもあります。

まとめ

ここまでの内容を振り返っておきましょう。ワークエンゲージメントとは活力に満ちて打ち込んでいることを意味していました。それはワーカホリズムとは異なり、仕事に対する認知は快、なおかつ職務満足感とは異なり、活動の水準が高いものでした。

続いて、ワークエンゲージメントの中に、特性ワークエンゲージメントと状態ワークエンゲージメントという2つの種類があるという話をしました。状態ワークエンゲージメントを測定するパルスサーベイが最近出てきている一方、エンゲージメントを可視化したとしても対策が紐付いていなければ、逆に悩みを深める恐れもあります。

それから、特性ワークエンゲージメントに話を移し、ユトレヒト・ワークエンゲージメント尺度という測定尺度を紹介しました。この尺度を中心に、ワークエンゲージメントの効果と先行研究が積み重ねられてきたわけです。

それらの研究知見を統合する仕事要求-資源モデルについても解説しました。ワークエンゲージメントを高めるためには仕事資源が重要であるため、仕事資源の現状を明らかにするサーベイも登場してきています。以上がワークエンゲージメントを巡る状況です。

このような状況を俯瞰し、最後に、3点の考察を加えたいと思います。

(1)ワークエンゲージメントにおいては、概念の混乱は抑えられている
ある程度共通した定義と尺度をもとに研究が進められてきています。このことは、後ほど神谷から解説がある従業員エンゲージメントとは大きく異なる点です。ただし、その分、早い段階で焦点化されすぎている気がしないでもない。取りこぼしている側面もあるかもしれません。

(2)ワークエンゲージメントの先行要因が組織行動論の先行研究で挙げられてきたものと類似している
このことから良い組織を作るために必要なものは一定の共通性がある、と考えることもできます。ワークエンゲージメントという新しい概念が出てきたからといって、革新的な対策が出てきたわけではなく、対策は今まで言われてきたことを着実に実施するしかないということかもしれません。

(3)組織との関係性がワークエンゲージメントの定義にも尺度にも含まれていない
にもかかわらず、ワークエンゲージメントは離職やパフォーマンスに影響がある。「組織」との結びつきを強調した施策ではなく、「仕事」との結びつきを強調した施策が有効であることを示唆しているのかもしれません。組織から入らない人事の在り方を考える上で、ワークエンゲージメントは興味深い視点を提供してくれる可能性があります。

以上で私の報告は終了となります。ご静聴ありがとうございました。

((3)従業員エンゲージメントの多義性 ①:働く人のエンゲージメント ビジネスリサーチラボセミナー報告 へ続く)


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