2021年7月1日
新しい文化仲介者としての“ラボ”|服部泰宏 様(神戸大学)
たとえば経営学が生まれた1900年頃、人々は、「科学の進展が社会や私たちを良いものにする」ということを素朴に信じていることができたように思います。ところが21世紀を生きる私たちはもはや、それがあまりに素朴な思い込みであることを理解しています。誤解を恐れずいえば、この21世紀の間に、科学知はもはや神聖なものでも絶対的なものでもなく、一般的な製品やサービスと同じように、人々に「消費」されるものになったのです。
消費という文脈において、科学の世界で重視される「理論的な緻密さ」や「実証的な頑健さ」はほとんど意味を持たず、重要なのは、それが日常生活者のリアリティと適合しているか、ということになります。科学の世界において「良い」とされる知が、必ずしも社会の側から消費されるとも限らず、むしろ、それが人々の生きる日常的のリアリティに合致しているかどうかが重要になる、ということです。多くの実証研究によって棄却されているアブラハム・マズローの「欲求階層説」が、なぜいまだに多くの人々に知られ、使われ続けているのか。その理由も、ここにあるはずです。
悩ましいのは、このような状況にもかかわらず、研究者にはこの問題に対応するだけの余裕と動機がますますなくなっている、ということです。日進月歩で進む科学の世界にキャッチアップし、知的アウトプットを続けなくてはならない現代の研究者は、自らが導き出した知を人々に向けてわかりやすい言葉で語り、彼らの文脈に寄り添いながらそれを普及する時間と心の余裕、さらには動機を持ちにくくなっているのです。
では、こうした社会にあって、誰が科学知のマネジメントを行うのか。その鍵を握るのは、ポストモダンの社会学者マイク・フェザーストーンのいう「文化仲介者」と呼ばれる人たちだと私は思います。文化仲介者とは、科学知を幅広く摂取し、それを日常生活者が自らの文脈の中で理解できるような言葉へと変換し、届けるプレーヤーを指します。単なる「物知り」や「おしゃべり」ではなく、科学を深いレベルで理解する「学習者」であり、それをわかりやすい言葉に変換する「翻訳者」であり、知の良し悪しを吟味する「評価者」であり、科学と実践とを架橋する「境界連結者」である。極めて高度なマルチタスクプレーヤーなのです。
経営実践のただ中から生まれ、実践とともにあったはずの経営学にあって、その担い手である研究者の心と体が、実践から遠ざかりつつあったタイミングで、新たな(あるいは,厳密な意味では最初の)文化仲介者として登場したのが、伊達さんであり“ラボ”だったように思います。もちろん“ラボ”の活動は、これまでもすでに、フェザーストーンのいう「文化仲介」の範囲を超えていたし、今後もそうなのだと思います。今後の展開が楽しみでなりません。そしてまずは、おめでとうございます。
神戸大学大学院経営学研究科
准教授 服部泰宏 様
服部先生、素敵なメッセージをいただき、感謝申し上げます。服部先生と私は、同じ大学院の同じ研究室で学びました。大学院在籍中から、私は研究と実践の往還を模索しており、折に触れて、自分の構想を服部先生に共有していました。
客観的に見れば、実に生意気な後輩だったことでしょう。しかし、服部先生はいつも私の話を丁寧に聞いてくださり、多くの助言や協力をいただきました。
ビジネスリサーチラボを立ち上げて10年。前身の法人から考えると十数年にわたって活動を続けています。まさに服部先生が挙げた「文化仲介者」の役割を、事業として成立させようと努める期間でした。
お陰様で、研究知見を実務に活用する活動については安定してきました。今後は、それに加えて、弊社の活動を通じて得た知見を学術界に還元したいと考えています。引き続き宜しくお願いします。
株式会社ビジネスリサーチラボ
代表取締役 伊達洋駆